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新作映画分析

  • 映画・音楽分析研究所 所長 宮城正樹
    1→新作含む公開前映画の批評分析を、1日1本を毎日行います。関西発なので、あえて関西弁にて批評いたします。2009年12月11日よりスタートし、5年連続を突破しましたが、2015年5月中旬より、週3~4作更新といたします。厳選した作品分析を、お楽しみください。 2→不定期となりますが、新作映画の出演者・監督・スタッフらのインタヴューや取材記事、CDアルバムやシングルのレコ評、DVD評に、小説・書籍評、各種の分析批評なんぞをいたします。

音楽・小説分析


カテゴリー「書籍・雑誌」の記事

2016年11月23日 (水)

映画本『大阪「映画」事始め』⇒武部好伸・著

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映画を日本で初めて、スクリーンに映したのは大阪だった

大阪の映画製作史・興行史を追った労作ノンフィクション

●大阪「映画」事始め/武部好伸・著/彩流社/定価(本体1800円+税)

文=映画分析研究所 所長  宮城正樹

みなさん、ドキュメンタリーならぬノンフィクションを、読んだことはあるでしょうか。

ノンフィクションとゆうのは、書きっぱなしは、一切ききません。

調べる時間の方が、書く時間よりはるかに時間が掛かるものです。

本書の最後に「参考文献」が列記されていますが、100冊以上の膨大な文献を、渉猟するとゆう読書量。

しかも、そういう本を探すとゆう調査する時間。

そうして、日本で初めて映画が、スクリーンに映された場所は、京都ではなく大阪であったという点を、まず立証してまいります。

つまり、スクリーンに限定すると、大阪が初めてなのです。

映画館での上映は、まだ時を待たねばなりませんが、興行としても、スクリーンに映して、日本で初めて映画を観客に見せたのも、大阪・難波の南地演舞場でした。

そして、その後の大阪と京都の、興行対決模様。

さらに、大阪での映画製作の変遷なども、ドラマティックに描き込まれています。

ノンフィクションは、事実の積み重ねも大事ですが、小説的なところも重要だと、ボクは思います。

それで、ボクが本書で、イチバン興味を魅かれたのは、人口も工業生産力も日本一であった、大正末期の大阪のことです。

江戸川乱歩が勤めていた、大阪毎日新聞の1923~1924年の頃。東京府では関東大震災が発生し、壊滅状態だった頃。

部数が100万部を超えていた大毎が、映画上映だけでなく、ニュース映画製作にも、力を注いでいたという話に、驚きを禁じ得ませんでした。

そのほかにも、サプライズなところが多かった。

大阪映画製作の嚆矢であった方が、ボクと同じく滋賀県出身であったとこなどにも、ココロ魅かれました。

みなさんも、読んでいて必ず、なんらかの驚きが発見できるはずです。

さて最後に、ノンフイクションが原作になった日本映画の、マイ・ベスト・スリーを言いますと…。

①復讐するは我にあり(1979年製作)②サンダカン八番娼館 望郷(1974年)③真昼の暗黒(1956年)

●犯罪者を描いた①、ジャパユキさんの生涯を描いた②、冤罪裁判もの③など、

事件ものや社会問題的なものが、映画映えするのかもしれませんが、

本書のような、映画業界の内幕ものも、映画にしたらきっと、面白いと思いますよ。東宝本社の企画課さん、ヨロシクね。

※以下は、今後開催される著者・武部好伸氏の、講演会などです。

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2010年8月21日 (土)

写真集『ヨーロッパ「ケルト」紀行 ビジュアル版』上巻(島編)・下巻(大陸編)

武部好伸のアニキが、カルトでケルトなウラ紀行をシリーズで書かはりました

そのビジュアル版が、上下巻2冊にて発売中やでー

http://www.s-pn.jp/

彩流社(さいるしゃ)から、各1800円(税抜)で発売中でおます。

文=書籍分析評論家・宮城正樹

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ケルト人の文化とゆうたら、ボクチン的にはブリティッシュ・ロックのルーツとなる、ケルト・ミュージックを思い出しよりました。その源流は、アイルランドでおます。今をときめくU2(ユーツー)を始め、ビートルズ、エリック・クラプトンらも、その流れのなかから出てきはりました。

ところが、どっこいでおます。本書を読み、写真を見よりますと、ケルト文化とゆうのは、アイルランドだけやなく、全ヨーロッパにわたり伝わっておるらしいのです。ゲルマン民族の大移動みたいに、紀元前には古代ケルト人の東方大移住があって、ヨーロッパのいろんなとこに住み着いて、その地で文化を残してはるのどす。

でもって、元読売新聞の記者で、現在映画評論家でありエッセイストでもある、作家の武部好伸(たけべよしのぶ)のアニキが、このケルトに魅了されはりました。何と現地へ行って、ケルト人の残した足跡をたどるとゆう、トンデモネーことをやらはりました。

それを紀行文にし、写真集としてもリリースしはったんどす。主に夏場を中心に、1998年から10年間、取材しはりました。言ってみれば、労作でおますけど、でも、その労作労作したところをカンジさせない、さわやかで分かりやすい写真集になっております。そやから、旅行ガイドとしても、一般大衆向きに作られておるのです。

スコットランドの人口の1パーセントしか住んでいない、内外に分かれたヘブリディーズ諸島、アーサー王伝説が染みとる、イギリスのウェールズ、コンウォールを始めとしたイギリスのイングランド、北アイルランド、世界遺産の墳墓を始め、キリスト教関係の遺産が多いとゆう本場・アイルランド、以下、オーストリア、ドイツ、スイス、フランス、スペイン、イタリア、チェコ、スロヴァキア、ハンガリー、セルビア、ルーマニア、ブルガリア、ギリシャ、トルコと巡らはります。

これまでぎょうさん出版されてまいりました、海外旅行のガイド本とは違いよりまして、はずせない観光名所やスポットを、フツーのように紹介するわけやおまへんで。ウラ観光スポットとでもいいますか、「ケルト」探求をベースにしたヨーロッパの旅でおます。地図と写真番号付きやし、それぞれの地への旅の案内も書かれておます。それにやね、ボクたちやワタシたちも、ぜひ行ってみたいと思わせるような美しき写真が次々にやってまいるのです。

さて、その旅の映画的予習としましては、アイルランドの紛争ものはチョイはずして、「わが谷は緑なりき」(1941年製作・アメリカ)、「ライアンの娘」(1970年・イギリス)、「バリー・リンドン」(1975年・アメリカ)、「ブレイブハート」(1995年・アメリカ)やらがよろしおますよ。

2010年4月23日 (金)

村上春樹著「1Q84 BOOK3」

20年の時を経て青豆と天吾は、果たして再会できよるのか

闇の私立探偵・牛河は、犯人・青豆をホンマに探せんのか

この2つの大きな柱がスリリングに展開やー

文=映画・小説分析評論家・宮城正樹

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いきなりでおますが、ボクチン、本作の371ページ目に誤植を見つけてしまいよりました。「すいぶん前から」→「ずいぶん前から」ですわ。新潮社にはさっそく連絡いたしましたので、101万部目からは、きっと直っとるはずでおますんで、よろしくだす。

さて、それは、まあええといたしまして、ほな、書評たらゆうもんに入らさせてもらいまっさ。「1」&「2」を読んではらへん方は、以下は読まはらへんのがええかと思います。

ヒロイン青豆のセックス好きとか、「世界が終わったような痛み」やとかいう股間蹴りの話やら「1」と「2」では、メインの話からそれるエピソードが満載でおましたが、この3作目では、それらを控えめにしはりました。

黄色と緑色の2つの月がある、「論理が力を持たない危険な1Q84」年の世界のドラマの終着点へ向けて、ソリッドに、シンプルに、ストレートに物語が進行しよるのだす。

でもって、結局は「2」の最後の方で、拳銃自殺をしなかった青豆視点、主人公の天吾視点に加えよりまして、リーダーを殺したらしい青豆の居場所を見つけろと、教団から依頼を受けはった牛河探偵の視点サイドが、新たに加わりました。

その3サイドを、時制を微妙に前へ戻したり、あとにスライドさせたりしつつ、物語を紡がはります。この時制のスライドは、見出しに書きよりました2つの重要なポイントをば、スリリングに読ませんがために、仕掛けられておます。本編の途中で、青豆と天吾が会いそうになるところでは、実はすれ違うカンジになるんでおますが、3人視点の3パターンに加えて、作者視点の文章も入れるっちゅう、念の入りようなんどす。

でもって、牛河サイドの描写でおますが、人探しをする探偵が、やがて自己のアイデンティティーを失っていく姿を描いた、安部公房作「燃えつきた地図」なんぞを想起させよります。そして、天吾の父の生体解脱したらしい人物が、NHKの集金人になり、牛河、青豆らの部屋の扉を叩き、トンでもない営業トークを叫びます。これは、ナゾを膨らませるエピソードでおました。加えて、具体的には申しませんが、青豆のでっかいエピソードが入っておます。

書物や映画の引用なども、「1」「2」に比べて控えめになっておますが、出てきよります。青豆が読み、どこか別の世界の話に思えるとゆう、プルーストの「失われた時を求めて」。天吾が病床の父に読み聞かせる、ディネーセンの「アフリカの日々」。コレは「愛と哀しみの果て」のタイトルで1985年に映画化され、アカデミー賞の作品賞をばゲットしましたが、映画的引用としては、この1984年には使えまへん。天吾が再び訪れるのを待つ、青豆がベランダのスキマからのぞく公園の形容で「渚にて」(1959年)が、また、教団から拉致拘束され解放された編集者と、天吾の会話の中で、「コレクター」(1965年)や「2001年宇宙の旅」(1968年)が出よります。

でもって、本作で話はジ・エンドなんかと申しますれば、それも分かりまへん。新しい世界へ、2人は行ったっちゅうような終わり方なんで、その新世界での話が再び始まりそうな予感がござるのです。今後のニュースを、楽しみにしときまひょ。

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