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新作映画分析

  • 映画・音楽分析研究所 所長 宮城正樹
    1→新作含む公開前映画の批評分析を、1日1本を毎日行います。関西発なので、あえて関西弁にて批評いたします。2009年12月11日よりスタートし、5年連続を突破しましたが、2015年5月中旬より、週3~4作更新といたします。厳選した作品分析を、お楽しみください。 2→不定期となりますが、新作映画の出演者・監督・スタッフらのインタヴューや取材記事、CDアルバムやシングルのレコ評、DVD評に、小説・書籍評、各種の分析批評なんぞをいたします。

音楽・小説分析


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2011年4月の記事

2011年4月30日 (土)

今年度アカデミー賞主演女優賞ゲットの「ブラック・スワン」

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初受賞のナタリー・ポートマンのネーさんが、ライバルの幻覚を見はって、だんだんおかしくなっていかはりまんねん

タイトルの直訳どすが「黒い白鳥」やて、そんなんいてへんけども、本作のでっかいキーになっとりま

http://movies2.foxjapan.com/blackswan

メイ5月11日ウエンズデーから、全国各地イッセーのロードショーでおます。

大阪やったら、大阪・TOHOシネマズ梅田、5月4日にオープンしはる大阪ステーションシティシネマ、梅田ブルク7、TOHOシネマズなんば、なんばパークスシネマやらで、ドーンと上映どす。

「R-15」指定の本作を配給しやはるのは、20世紀フォックス映画はんどすえ~。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

Ⓒ2010 Twentieth Century Fox.

いたいけな「レオン」(1994年製作・以下の引用映画は全てアメリカ映画)、でもって突然飛んで「スター・ウォーズ エピソード」シリーズ(1999年・2002年・2005年)のアミダラ姫やらの、あのナタリー・ポートマンちゃんが大人のネーさんにならはりました。

いつまでも、アイドル・アイドルしとるわけにはまいりません。でもって、アイドル的を脱皮すべく、ずっとイロイロと演技の幅をば広げてきてはります。そんな彼女が、プリマにバッテキされたバレエ・ダンサー役に扮しはりました。

コレが何とまあー、本番までイロイロ悩み脅え、えらい幻覚と悪夢を見てでんな、ほんでもって、えらいことになってまう役柄なんでおますよ。

アップ、クローズアップは当然多くなります。アイドル映画的にアプローチしていくようなとこが、前半は目立ちよりました。でも、コレは当然、ダーレン・アロノフスキー監督の映画的計算が入っております。

病的なウィノナ・ライダーのネーさん、フツーやないヒロインのオカン役バーバラ・ハーシーはんやら、愛か演技かよう分からへん、ビミョー感を演じはる演出家ヴァンサン・カッセルのアニキ、フツーの自然体とも取れる、ライバル役のミラ・クニスちゃんやら。

そんな人々とのやり取りで、徐々におかしくなっていくナタリーネーさんの演技ぶりは、ミステリー・ホラー・スリラー・サスペンスの、どれでも対応できるような挙動・言動ぶりを示さはるんどす。う~ん、コレは凄いでおます。

心理ホラー「ローズマリーの赤ちゃん」(1968年)をはじめ、アルフレッド・ヒッチコック監督のヒロイン・サスペンス映画系に加え「サイコ」(1960年)やらのノリ。そしてシメ的には、ダーレン監督が「レスラー」(2009年)で復活させはった、ミッキー・ローク主演の「エンゼル・ハート」(1987年)みたいなサプライズをば、用意するとゆう周到ぶりでおます。監督と主演のコラボレートが、見事にハマッた作品やと、ボクチンは思いよります。

本作はバレエ業界もんやけど、他業界の演劇界「イヴの総て」(1950年)やら、映画界「サンセット大通り」(1950年)よりも、より巧妙にヒロインのココロの奥へと、ボクチンらを導いてくれはる映画どした。

クライマックスはモチ、バレエ演目であるところの、チャイコフスキーの「白鳥の湖」でおます。みなはん、「白鳥の湖」の曲は知ってはるかもしれんけど、そのストーリー的な中身は知ってはるやろか。

白い白鳥と黒い白鳥が出てきよりましてな、白と黒共に1人2役とゆうのんが基本らしいどす。でもでんな、黒い白鳥ってなんですのん。白鳥が黒いハズないやん。そら、カラスやろ、なんやけど、ソレがチャイコフスキーのブラック・ユーモアなんやろか。ミステリー小説好きのボクチンは、鮎川哲也先生の「黒い白鳥」を思わず、読み返そうかと思いました。

でも、そのブラック・テイストは「完璧」と呟く、ナタリーのラストのセリフで、まさにカンペキなカタチで完結いたしました。アラマ・ポテチンのラストシーンどした。

2011年4月29日 (金)

カンヌ国際映画祭で2冠の「四つのいのち」

Quattro_main

ディズニー動物アニメの実写版テイストも入っとるけど、計算できない動物たちの、ヤンチャなアドリブ感がたまりまへん

映画の原点・セリフのないサイレント映画に、回帰しはったナチュラルな仕上がりにホッ!

http://www.zaziefilms.com/4inochi/

ゴールデンウイーク4月30日サタデーから、東京のシアター・イメージフォーラムやらで、全国順グリのロードショーでおます。

関西やったら、MAY5月21日SATURDAYから、大阪・十三(じゅうそう)の第七藝術劇場で上映どす。でもって、その後、京都シネマやら、神戸アートビレッジセンターやらでヤラはりま。

イタリアを舞台にしはった、イタリア・ドイツ・スイス合作イタリア映画の、本作をば配給しやはるんは、ザジフィルムズはんどすえー。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

ⒸVivo film, Essential Filmproduktion, Invisibile Film, ventura film.

本作は、カンヌ国際映画祭ではメインの賞ではござりまへんが、“最優秀ヨーロッパ映画賞”と“パルムドッグ審査員賞”の2冠をゲットしはりました。

片やユーロ映画の最高賞どすし、こなたは本作に出演したドッグ、つまりイヌに対する演技賞みたいなもんどす。

いやはや、そんなイヌをはじめでんな、ヤギやらがエライ好演技をば披露しとるんですわ。アラマ・ポテチンやわー。

多彩にある動物ドキュメンタリーやら、計算的に作られたディズニーの動物アニメやらと、シンクロしよりますけども、それらの作品と本作の決定的な違いは、自然体は当然どすが、アドリブ的にオモロイとこを見せよる動物たちの動きを、映画的に的確に捉えてはるとこでおましょうか。

まず、イヌやけど牧羊犬役どす。しかし、コイツがしょっちゅう、やかましく吠えとりまして、ヤギやらだけやなく、人間にも吠えまくりでおます。吠えて、吠えて、吠えまくる。

なるへそなー、イヌは吠えてこそ、なんぼのもんなんやろなー。本作では、このイヌの存在が、映画の前半の大きなアクセント効果を持っておます。

でもって、生まれたばかりのヤギちゃんどす。立ち上がって歩くまでやらはドキュ風なんやけど、このコヤギがイロンなヤンチャぶりを発揮しよりまんねん。

特に本作のキモと繋ぎ部では、演出はそないないやろけど、どんな演出を施したんかと思うくらい、見事な演技ぶりを披露しておます。

さてはて本作は、セリフがいっさいござりまへん。サントラも流れまへん。でも、風やら生活する人々が出す音やら、動物たちの鳴き声やらが、効果音として入っておます。

音は入っとるけど、いわば映画の原点となる、サイレント映画を志向してはるようでおます。キートン・チャップリン・ロイド・マルクス兄弟やらのサイレント喜劇やら、ジャック・タチ監督映画やらの、仕草や動作を思い出させてくれはるシーンもありま。

また、貧しい生活感を描いた「自転車泥棒」(1948年製作・イタリア映画)やらの、イタリアン・ネオ・リアリズム映画が、癒やし系へと転移したような感覚もありよりました。

シニア映画→動物映画→生活ドキュへと変転してゆくカンジどすが、ドキュメンタリー・タッチのドラマ映画としては、こういったもろもろの作りは、おそらく映画史上初めてやも分かりまへん。限りなくドキュに近いドラマ映画どす。

個人的には、自然美の描写にも癒やされよりましたが、最も印象的やったんは、7~8分にわたる長回しの撮影シーンどした。田舎のメイン・ストリートのあっちとこっちを、ゆるいパンを挿入しながら、とある光景を描かはるんやけど、ここでも、吠えまくるイヌの姿は光っておました。

2011年4月28日 (木)

人間ドキュメンタリー日本映画「ピュ~ぴる」

Pyuupiru_main_2

人間ドキュの変格系で、ユニークで新しどころを示さはった快作でおます

アート人間ドキュと性同一性障害人間ドキュが、融合されたサイコチックな2面性を追究してはります

http://www.p2001.com/

ゴールデンウイーク4月30日サタデーから、大阪・テアトル梅田で上映でおます。

でもって、その後、京都シネマ、神戸アートビレッジセンターやらで、順グリのロードショーだす。

本作をば配給しやはるのは、マジック・アワーはんどす。

文=映画分析評論家・宮城正樹

ⒸPhoto by Masayuki Yoshinaga

性同一性障害の、ファッション系男性アーティスト「ピュ~ぴる」を捉えはった、人間ドキュメンタリーでおます。

いわゆるアーティスト人間ドキュ部と、性同一性障害に悩む人間ドキュ部の2面性が、見事にミキシングされた仕上がりになっとります。

障害に悩みつつも、愛する人のために、かわいく美しくありたいと願うピュアな人間性描写は、男としてはチョイう~んってなカンジなんやけど、そのキモチはココロに伝わってまいります。

ほんでもって、「ピュ~ぴる」の家族ドキュとしての、キズナ描写もエエカンジや。父母兄の家族の証言・談話は、かなりフィーチャーされとりまして、異能の息子・弟を思う想いが、最終的にはムネに染みるカンジで紡がれとりま。

しかも、サイコな2面性の描写どすが、それぞれディープなカタチで描かれておまして、コレがハンパやおまへん。

まずは、アーティスト人間部。女の子らしいファッションから始めて、着ぐるみなんかとは根本的に違う、多彩で芸術性の高いファッション・アートへと向かうところを、作品をタイトに挿入しながら、緻密に描かれてゆきよりまんねん。

水金地火木土天海冥の全惑星をコンセプトにした、プラネタリウム・シリーズや、東京スカイツリー的な発想で、千羽ヅルを遙かに超えた、金色の何万羽ものツルを、上へ上へと織り込んだ強烈な作品には、目が点になりよりました。

そうした作品を生むための、アレコレの試行錯誤、悩む姿も捉えられておます。でもって、クライマックスとなるパフォーマンスは、本作の大きな見どころとなっとります。

一方で同時進行のような按配で、女になりたいと願う彼の、さまざまな試行錯誤も描かれてまいります。

冒頭では、ホンマモンの美女になった彼を映さはります。つまり、そこへ到るまでのプロセスが、それからじっくりと映されるとゆうことどす。

ほとんどタバコを吸ってる、何やらハスッパそうなオンナ男としての、彼へのインタビュー・シーンが、しょっちゅう出てきよります。その一方で、本人がパパと呼んではる愛しき人とのラブ・ストーリー部が、本人のコトバを中心に描かれとります。

パパとの愛はどないなったんか。また、悩みつつの女になるためのプロセスは、どんな風に進んだのか。イロイロ興味深く見られよりました。

人間ドキュの変格系にして、新しいとこに目を付けはった作品やと思います。

2011年4月27日 (水)

不条理SF映画ファン必見の「ミスター・ノーバディ」

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人類の不死の世界が叶った2092年から、2009年以前の記憶を思い出さはる老人のお話でおます

記憶混濁ものSFやから、現実と虚構が混ざり合ってでんな、トンデモネー世界が展開しよりまっせー

http://www.astaire.co.jp/mr.nobody/

ゴールデンウイーク4月30日サタデーから、東京・ヒューマントラストシネマ渋谷やら、大阪のシネ・リーブル梅田やらで、全国順グリのロードショーでおます。

フランス・ドイツ・カナダ・ベルギーの、多国籍合作となった本作を配給しやはるのんは、アステアはんどすえ~。

文=映画分析評論家・宮城正樹

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© 2009 PAN-EUROPEENNE - MR NOBODY DEUTSCHLAND GmbH - 6515291CANADA INC - TOTO&CO FILMS - FRANCE 2 CINEMA - FRANCE 3 CINEMA

カンヌ国際映画祭で新人監督賞をゲットしはった、リベンジ劇「トト・ザ・ヒーロー」(1991年製作・ベルギー&フランス&ドイツ合作映画)。

続きましては、カンヌでW主演男優賞ゲット作となった、健常者と障害者の友情映画「八日目」(1996年・ベルギー&フランス)どす。

そんな2本を撮らはった、ベルギー出身のジャコ・ヴァン・ドルマル監督が、13年ぶりに撮ったSF大作が本作でおます。

実はベルギーとゆうのは、映画小国と申しますか、年間5本も本国映画が撮られるかどうかっちゅう国らしいんでおますよ。ドルマル監督もそうやけど、世界的に評価の高い、ベルギーのダルデンヌ兄弟監督もベルギー以外からの国からの出資も経て、映画を作ってはるんどす。

そやから、ドルマル監督のこの13年とゆうインターバルは、相当なもんでおます。製作費50億円を集めはりましたんやけど、仕込みも練り込みも相当なもんなんでおます。ビックリどす。

2

前2作とビミョーにシンクロするとこもあるとはいえ、基本はSF映画でおます。不老不死が実現した2092年の世界において、人類最後の死を迎えはる老人がでんな、過去を思い返すとゆうスタイルをば取ってはります。

しかも、この追憶が記憶混濁とゆうことになっておまして、2次元の2方向性は当たり前どしてな、1人6次元なんて、ワケ分からへん展開もおまして何度も見て、ようやく納得できるようなとこもありまんねん。そやから、リピーター率はメッチャ高いんやないかな。

いわゆる、不条理系SF映画なんでおます。過去の作品とのシンクロについて申しますわ。

最後に出てくる老人とも通じる「2001年宇宙の旅」(1968年・アメリカ)、記憶が時空間になるという意味で「スローターハウス5」(1972年・アメリカ)、夢の多層構造を構築した「インセプション」(2010年・アメリカ)、火星部の「トータル・リコール」(1990年・アメリカ)やら「フィフス・エレメント」(1997年・アメリカ&フランス)、そして家族シーンの迷彩感は夫妻の「惑星ソラリス」(1972年・ソ連)なんぞへ。

でもって、記憶やなく空想をポイントにしはった最新作「エンジェル ウォーズ」(4月10日付けで分析・公開中)なんかと見較べはったら、オモロイかなーと思いよります。

ヨコ倒しカットやら、今までにないカットを探すかのようにでんな、独自カットをしょっちゅう追究してはりますし、リフレイン・シーンの使い方とか、サントラの多彩感もまた、映画の迷彩感を深めはりま。

でもって、ジャレッド・レトのアニキと、ダイアン・クルーガーのネーさんのラブ・ストーリー部は、往年のハリウッド・ラブ・ストーリーを思い出させてくれはる、本作の隠し味にもなっとるんでおます。ヨーロッパ映画では珍しい、SF映画のケッサクどす。

2011年4月26日 (火)

クラシック音楽人間ドラマ「マーラー 君に捧げるアダージョ」

Mahler_main

名作「バクダッド・カフェ」の監督が、自分の息子はんと共に撮り上げはった、グスタフ・マーラーの人間ドラマ映画でおます

あの「ベニスに死す」の冒頭で流れた名曲の、創作秘話も披露されよりまっせー

http://www.cetera.co.jp/mahler/

ゴールデンウイーク4月30日サタデーから、東京・渋谷・ユーロスペースやら、大阪・梅田ガーデンシネマやらで、全国順グリのロードショーでおます。

関西やったら、シネ・リーブル神戸は5月28日から、京都シネマは7月から上映されよります。

ドイツとオーストリアの合作となった、本作をば配給しやはるのんは、セテラ・インターナショナルはんどす。

文=映画分析評論家・宮城正樹

Ⓒ2010, Pelemele Film, ARD, BR, ORF, Bioskop Film GmbH

「バクダッド・カフェ」(1987年製作・西ドイツ映画)てゆうたら、映画史に残る大ケッサクでおます。

ドイツ出身の監督パーシー・アドロンはんが、ベルリンの壁崩壊前に撮らはった、女性人間ドラマ映画どした。哀愁味あるジャズ・ナンバー「コーリング・ユー」もエエカンジどした。

でもって、アドロンはんの2010年製作となる最新作は、どないなもんでおましょうか。「バクダッド・カフェ」からは、製作年を見るまでもなく、33年とゆう月日が流れておます。

モチ、息子はんもエエ大人にならはったとゆうか、もうアラフォーどす。息子はんのフェリックス・アドロンのアニキと、共同監督で本作をば世に送り出さはりました。

実は、映画的にはアドロンはんは、「バクダッド…」を超える自身のケッサクを、なかなか作ることができまへんどした。息子はんもまた、映画に出演したり脚本書いたり、映画を監督したりしてはったんやけど、イマイチピリッとしよりまへん。

そこで、コレは、親子で監督してやってみて、どないなるんか、いっぺんやってみよやないかいなと、オトンが息子はんに持ちかけはったような、そんな企画なんやないかとボクチンは思いよりました。

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一発逆転の、起死回生になったかどうかは、どないでしょうか。でも、「バクダッド」超えはムリにしても、その次はコレやでーと言えるような、代表作品になったかとは思いよります。

クラシック音楽の偉人を描く映画は、これまでに多数出てまいっております。でも、フツーにクラシック人間を描く映画とゆうのんは、ほとんどの場合、ないようにも思いま。

つまり、簡単に言えば、何か変わったようなとこがあって、そのポイントがドラマになるとゆうもんが、あるような音楽家でおます。モーツァルト、シューベルト、ショパン、ラフマニノフやら、日本の滝廉太郎とか、その生涯をドラマティックに描くことは可能やし、映画化もされておますけども…。

で、本作はグスタフ・マーラーはんでおまして、その妻との関係がドラマ映えするとのことで、ココに映画化されることになったんでおましょう。

マーラーの妻は、実は浮気症やったらしく、そんな妻のキモチに悩んだマーラーはんが、心理分析で有名なフロイトはんのとこにセラピーにいかはるんが、冒頭のシーンになっとります。

そして、マーラー&フロイトの現在進行形と、マーラー夫妻の過去完了形をカットバックして、ドラマティックにやろかっちゅうのんが、狙いとゆうことになっとります。

クラシック・ファンには当然、訴求すると思いよりま。スウェーデンの楽団によるものらしいんやけど、マーラーの交響曲が多彩に流れるし、ナンチューても、映画ファンには「ベニスに死す」(1971年・イタリア)の冒頭で流れたあの曲が、出来上がる感動的なメイキング・シーンもござります。テレビ&映画の「のだめカンタ~ビレ」でも流れとったけども。

イントロで「起こったことは史実、どう起こったかは創作」と字幕説明がござりますが、ドラマティックな演出を細部で心がけはったんは、良かったと思います。

2011年4月25日 (月)

アメリカ映画「スコット・ピルグリム vs.邪悪な元カレ軍団」

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マンガの世界から出てきたようなキャラ揃いやでー

それもそのはずコミック原作の映画やねん

1人のオンナのコを巡って、トンデモネー恋愛バトル・ゲームが展開しよります

http://www.scottpilgrimthemovie.jp/

エイプリル4月29日の「昭和の日」から、東京・シネマライズやらで全国順グリのロードショーだす。

関西やったら、5月14日から大阪・テアトル梅田やら、T・ジョイ京都やらで上映どす。

本作をば配給しやはるのんは、ユニバーサル映画はんどすえ~。

文=映画分析評論家・宮城正樹

Ⓒ2010 Universal Studios. ALL RIGHTS RESERVED

ヘンなタイトルでおます。そやけど、映画の中身そのまんまを示してはるんどすわ。

写真に写ってるスコット・ピルグリムちゅう青年が、写真上の赤毛のオンナのコにひと目ボレしはります。でも、彼女をゲットするには、彼女の元カレ7人と対決して、勝ち抜かなあきまへんねん。いわゆる、恋愛バトル・ゲームみたいなノリどすか。

ある意味、ラブ・ストーリーでも、死闘を繰り広げて彼女をゲットする、オーソドックスでストレートなスタイルやと思います。

ところがどっこい、コレがコミック原作なもんどすさかい、次々に出てきはるキャラクターやけど、ほとんどがマンガの世界から出てきはったような、個性的な人たちばかりなんどす。ベースは古典的な恋愛観でありながら、コミック・ノリ、アクション・ノリも加わって、ケッタイこの上ない世界観をクリエイトしてはるんどすわ。

例えば、アメコミ原作ものの「スパイダーマン」(2002年製作・アメリカ映画)やらが正統派であるとするならば、こちらは明らかに異端でおましょう。それでいて正統派以上にフィクション性をカンジさせはります。そんなアホな、なんてとこがケッコーありまんねん。

また、バーサス・シーンの多彩さも、正統派のストレートな善悪の明確さとは違いよりました。しかも、音楽バンド・バトルなんてのもあるんどす。

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ベーシストの主人公が入っとる、ドラマーがオンナとゆう4人組バンドが、そらもー、いろんなバンドと演奏バトルを繰り広げはります。ほんで、いろんなロックが演奏され、サントラとしても流れよります。

中でも、「タッチ」(2005年・日本)などで有名な、双子の斉藤慶太&斉藤祥太がやってる「カタヤナギ・ツインズ」とのバトルなんぞは、音圧パワー対決で、音楽なのに激しいアクションが展開しよります。バンド音楽映画としての側面もあるんどすわ。

でもって、男対男の対決以外にも、「キル・ビル」(2003年・2004年・アメリカ)みたいに、強烈至極なオンナ同士のバーサス・シークエンスもござります。

クライマックスの音楽プロデューサーとの対決シーンは圧巻どす。“LOVE剣”とか“自尊心パワー剣”など、「スター・ウォーズ」シリーズ(第1弾は1977年・アメリカ)へのリスペクトも効いておますよ。

そして、アクション・シーンでは、CGやらVFXを効果的に使ってはります。映画技術の向上の中で出てきたこれらの技術は、ともすると映画の中で不自然なカタチで使われたりして、映画評論家筋やらコテコテの映画ファンやらから、敬遠されがちどすが、本作はそうやありまへんどした。

マンガチックなとこもあるやも分かりまへんけども、メッチャスムーズに違和感なく、アクションの流れに身を任せられよりました。ええカンジやわ~。

2011年4月24日 (日)

アニメ映画「鬼神伝」

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「NARUTO-ナルト-」シリーズの“スタジオぴえろ”が、「犬夜叉」やら「陰陽師」やらみたいなんを、うまいこと描かはりました

石原さとみチャンやら中村獅童のアニキが、かわいかったりシブかったりする声を出さはりまっせ~

http://onigamiden.jp/

エイプリル4月29日の「昭和の日」から、全国イッセーのロードショーだす。

関西やったら、大阪・なんばパークスシネマやら、MOVIX京都やら、神戸国際松竹やらで上映でおます。

本作を配給しやはるのんは、ソニー・ピクチャーズ エンタテインメントはんどすえ~。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

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Ⓒ高田崇史/講談社・鬼神伝製作委員会

「スタジオぴえろ」と申しますれば、テレビや映画の「NARUTO-ナルト-」シリーズ(2004年~2010年製作)の製作で有名な、チョー信頼のアニメ・ブランド会社でおます。

そんな製作会社が時代ものアニメに、果敢にチャレンジしはったんが本作どす。

平安時代を背景にしはったんは、アニメ映画的には初やそうどすが、映画やないけどアニメもある実写版「陰陽師」シリーズ(2001年・2003年)でも描かれた時代どした。

さらに、現代から過去へ、フツーの少年がタイムスリップするとゆう設定は、「犬夜叉」シリーズ(2001年~2004年)を思い出させよります。

しかもでんな、島根県が伝説のルーツとなるヤマタノオロチを、京都と近江の琵琶湖に展開しはりました。ある意味、荒ワザでおます。

そのオロチのデザイン造形をば、「AKIRA」(1988年)の大友克洋のアニキが担当しはりました。「AKIRA」みたいにクライマックスで出てくるんやないけど、このオロチは何やら「AKIRA」のモンスター的どした。

原作は「メフィスト賞」から出てきはった、高田崇史(たかふみ)はんどす。「メフィスト賞」を作るきっかけになった京極夏彦のアニキほどの、インパクトはありまへんけども、伝奇時代小説としてケッコー売れてはりま。伝奇どすから、ヤッパ、アニメが似おとりまんねん。

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冒頭が素晴らしい仕上がりどす。素早い移動撮影的に見せるスピード感、宇崎竜童アニキ担当の、和太鼓の乱れ打ちサントラによる緊張感。でもって、人間対鬼のバーサス・シーンへともっていくあたりは、オッと、これからスゴイドラマが始まるんやろな~とゆうワクワク感がござります。

でも、そのテンションが最後まで持つかどうかについては、明言しまへん。ほんでもって一部、クエスチョンに思うとこがありました。

鬼は弱者だとゆう新視点はあるけど、弱者の人間が、なんで鬼の仮面を付けないかんのかとか、タイムスリップしよるけど、なんでケータイを平安時代に持ってゆけるんか、とかの疑問がありま。まあ、みなはんもカンジはることでしょう。

でも、ああ、なるへそ、時代考証を無視するようなスタイルの、伝奇ものなだけにでんな、つまり、SFモードも入っておるっちゅうことなんでおます。

石原さとみチャンも中村獅童アニキも、作品性に合わせはった、声の演技ぶりで魅せてくれはります。

で、ボクチンがイチバンええと思たんは、風景描写シーンどした。今の京都の風景描写のリアリティーに驚きよりましたし、今と違うはずの平安の京都の自然描写との対比も、なるほどなと感心させてくれはりました。「NARUTO」に通じる色使いにも、ぜひ注目しておくんなはれ。

2011年4月23日 (土)

日本初の3D長編オリジナル・アニメ「豆富小僧」(とうふこぞう)

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フカキョン深田恭子ちゃんを始め、マスコット的なカワイイ妖怪たちの声を、絶妙に演じてはりまっせー

「千と千尋の神隠し」やら「ゲゲゲの鬼太郎」やらに通じる、妖怪たちの活躍に注目しておくんなはれ~

http://www.tofukozo.com/

エイプリル4月の29日「昭和の日」から、全国各地イッセーのロードショーでおます。

本作をば配給しやはるんは、ワーナー・ブラザース映画はんどすえ~。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

Ⓒ2011「豆富小僧」製作委員会

本作の原作者と申せば、京極夏彦のアニキどす。みなはんはご存知かどうか分かりまへんけども、京極のアニキと申せば実は、水木しげるハンこと、ゲゲゲの女房のそのゲゲゲに、えらいリスペクトしはって小説をば書いてはります。

映画化された、文字の出にくい諸作タイトルの、ほとんど全てと言ってもええくらい、ゲゲゲな妖怪伝説みたいなんを、そこはかとなくカンジさせはるんどす。

でもって、本作の原作小説「文庫版 豆腐小僧双六道中ふりだし」(角川文庫)でおますが、過去最大限に、ゲゲゲな感覚を出さはった作品なんやないかなー、と思いよりました。

メイン妖怪キャラクターの、マスコット的なキャラ作りも、エエカンジどすえー。まずはナンチューても、深田恭子フカキョンちゃんが、声を担当しはった豆富小僧でおます。

妖怪は人を怖がらせなあかんのに、人を笑わせてしまうとゆうカワイイキャラどす。まさに、本作のマスコット・キャラクターとゆうてもええでおましょう。

豆腐一丁前をズーッと持ってはる、かなり変わったキャラどすが、その豆腐を離してまうと、自身が消滅してまうとゆう運命にあらはります。この設定は、この映画のメイン・ネタで大きく機能しますんで、お楽しみに。

フィギュア的なダルマ先生の声は、武田鉄矢のアニキ。製作者側が意識してはるかどうかは分かりまへんが、ミドリ色を1つの配色ポイントにした、タヌキ軍団との対決があるんやけど、鉄矢アニキが出てる某テレビ・コマーシャルを思い出すような、お遊び的雰囲気をばボクチンはカンジました。

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小池徹平クンが声を担当しはった、関西弁をシャベる「袖引き小僧」とか、大泉洋アニキが声優の「死神」とか、キャッツみたいなバケネコやけど、妙にファッショナブルな「三毛姉さん」とか、異色でオモロイ・キャラが続々と登場してきよります。

一方で、人間部の描写どすが、母娘のキズナをメインに描いてはります。写真下のチャリンコ漕いではる女の子と、そのオカンの絆どす。オカンの声は檀れいネーさんが、娘の声は歌手&声優の平野綾ちゃんが、それぞれ演じてはります。妖怪主人公部でも、“母を訪ねて何千里”のノリがござります。

でもって、人と妖怪たちとのキズナもモチ、紡がれよりますで。そんな中でも「E.T.」(1982年製作・アメリカ映画)を思い出させるシーンなんか、グッときよりました。

豆富小僧やらを前カゴに乗せて、少女がチャリンコで空を飛ぶシークエンス。「E.T.」では月夜のシーンどしたが、こちらは昼間の青空がバックどっせー。月はありまへん。代わりといってはなんどすが、ラストの方では、月を見るシーンが効果的に使われておます。

「千と千尋の神隠し」(2001年・日本)に出てくる、妖怪たちともシンクロしよるし、妖怪たちの敵となるタヌキたちは、何やらスタジオジブリ作品の「平成狸合戦ぽんぽこ」(1994年・日本)なんかを、ふと思い出させよりました。ジブリに負けへんような、良質のアニメ作品になっておますよ。

2011年4月22日 (金)

韓国のラブ・ストーリー「坡州(パジュ)」

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3角関係の恋愛映画の系譜に入る映画どすが、大げさかもしれんけど、「風と共に去りぬ」や「第三の男」やらのセンスも入っておます

静かで緻密な心理演技のやり取りが、あとあと効いてきよりまっせー

http://www.cinemaskhole.co.jp/cinema/html/

4月23日の土曜日から、「真!韓国映画祭2011」の1本として、大阪・第七藝術劇場にて上映どす。

また、5月28日から6月17日まで、東京・新宿K's cinemaで上映しはります。

本作の配給は、キノアイジャパンはんとシネマスコーレはんどすえ~。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

映画の冒頭。雨の日の薄ブルー・トーンのなかを、タクシーに乗ってヒロインのクローズアップ・シーンやらが、披露されるシークエンスから、ドラマに埋没できる哀愁感がござりました。

でもって、8年前の回想シーンへと転換しよります。いわゆる、過去と現在がシンクロするカットバック手法を駆使してはります。

ザックリと3角関係についてお話をばしよりますと、ヒロインの姉と主人公が結婚しはります。主人公にココロ寄せてはった妹ヒロインは、家出しはります。でもって、何年かぶりに帰ってきはったんが、冒頭のシーンとなります。

その何年かの間に、姉が事故死してはります。妹は姉の死の真相を探りもって、主人公へとさりげなく接近してゆかはるのどす。

一方の主人公どすけども、姉・妻に保険をかけてはったんやけど、その保険金を受け取る相手を、本人から妹に書き変えてはりました。一体、それはどおゆうこと?  なんてのも、妹は追及してゆかはります。

主人公とヒロインの静かなやり取りの連続が、本作のでっかい伏線を紡いではるんでおます。

姉妹と男の3角関係映画といえばそうなんやけど、その描写の細かいとこでゆうと、見出しにも書きました通りでおまして、3角関係映画のイロンな名作の要素が入っとると思いました。

3角の1角が死んでるスタイルの「風と共に去りぬ」(1939年製作・アメリカ映画)やら「第三の男」(1949年・イギリス)やらの雰囲気も、それとのうカンジられよります。

演技・演出・撮影ほかが、一身同体となったような感触も。とりわけ、妹ヒロイン役の写真のソ・ウちゃんが、アップ、クローズアップを含めて、エエ雰囲気演技をばしてはります。

初期のチャン・ツィイーネーさんのようなとこもありよります。アップも多い一方で、スローの移動撮影やったりとか、映画的なロングショットの数々のなかにも、ソ・ウちゃんはいてはります。

そして、主人公役のイ・ソンギュンのアニキ。「トリプル」やら「コーヒープリンス1号店」やらの韓流テレビ・ドラマに、出てはったイケメンはんなんで、韓流ドラマ・ファンにも注目してほしい作品でおます。

本作では、パク・チャノク監督と綿密に打ち合わせしはって、ある種の汚れ役を、抑えの演技を基調に演じ抜いてはります。

映画そのものは7年間のお話どすが、本作はその7年と同じ製作期間を経て作られよりました。それだけの練り込みを思わせる仕上がりでおます。

また、韓国の恋愛映画は、日々変化を遂げておるんやなーともカンジよりました。今、見るべき恋愛映画の1本です。

2011年4月21日 (木)

韓国映画「ささやきの夏」

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男もんも女もんも含めまして、韓国のアイドル映画の在り方を示さはった会心作どすえー

しかも、夫妻映画部やら、カワイイ猫映画部やらも入っておます

http://www.cinemaskhole.co.jp/cinema/html/

「真!韓国映画祭2011」の特別上映作品として、エイプリル4月23日サタデーから、大阪・第七藝術劇場にて上映しはります。

その後、5月28日~6月17日の間どすが、東京は新宿K's cinemaで上映でおます。

本作を配給しやはるのんは、キノアイジャパンはんとシネマスコーレはんどす。

文=映画分析評論家・宮城正樹

ああ、コレってボクチンのジャッジでは、ジャンル分け不能の映画でおますわー、と一見したところ思いました

最初はアイドルノリの、ヒロイン(イ・ヨンウンちゃん)映画かな~なイントロやったんやけど、イケメンの男(ハ・ソクジン君)が出てきはって、ほな、この2人のラブ・ストーリーが展開しよるんやろなと思たら、それが全然違いよりまんねん。

この2人はどういうわけか、なかなか会いまへん。ボクチンはひょっとしたら、「イルマーレ」(2000年製作・韓国映画)みたいな時空を超えて、2人がおるんやないかいなと思いかけ始めましたら、そうやおまへんどした。同時代の今にいてはる2人どした。

本編残り30分あたりで、2人は初めて出会わはるんやけど、その時でも、どない見ても恋愛映画の方向性は皆無に近い状態どす。

ほな、コレは恋愛映画やないとしたら、一体なんやねん? という疑問が、見とって不意に起こってまいりました。うん? これまでにないジャンル映画を目指してはるんやろか。

そのラスト30分までには、見出しにも書いた通りでおまして、ペルシャ猫「ドンチ」とソクジン君との交流やら、猫アレルギーのヨンウンちゃんとのエピソードやらがありま。猫がユニークにドラマ作りに貢献しているかと思たら、一方では、チョイとシビアな教授夫妻のドラマも、挿入されとるといった具合どすわ。

でも、本作をばゼェ~ンブ見て、でもって後日、ようよう考えてみたらでんな、アレ、コレって結局、何を描いておったんやろかいやー、と思たんどすわ。

ヒロインのヨンウンちゃんのクローズアップが良かったな~、なんて思い返しとるくらいやから、ああ、コレって、つまりば、アイドル映画やったんやないかいなーと、ふと思たんどすえ~。ボクチンは男なんで、そら女の子には本能的に目がゆきよります。

ほな、女子やったら、どないやろ。ほな、たぶん、ソクジン君の方に目がいきよるんやろなと思たんどすわ。つまり、コレは男も女もいける、アイドル映画なんやー、そうに違いないと思たんでおます。

ピアノ・サントラのさわやかで軽やかなカンジに加えまして、明るい自然光の連続で、酷暑な夏よりもさわやかな夏イメージをクリエイトしはりました。

「スター・ウォーズ」(1977年・アメリカ)やら「となりのトトロ」(1988年・日本)に関するセリフのやりとりも、アイドル的さわやかイメージにマッチしておますで。

2011年4月20日 (水)

サッカー・ドキュメンタリー映画「クラシコ」

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スポーツ・ドキュの在り方を、考えさせてくれはる映画どす

マニアックになりがちな地域リーグのお話が、サポーターたちの描写の多さで、異色の作品となりよりました

http://www.clasico-movie.com/

東京の池袋シネマ・ロサやら、吉祥寺バウスシアターやらでの上映を経まして、関西やったら、6月上旬から大阪・テアトル梅田やらで上映しはります。

本作をば配給しやはるのんは、ブラウニーはんどすえ~。

文=映画分析評論家・宮城正樹

Ⓒクラシコ製作委員会2010

スポーツ・ドキュメンタリーと申せばでんな、やはり、今まではオリンピック・ドキュなるもんが大きな柱でおまして、大ヒットをばかましてはりました。

いわゆる、総合スポーツもんなんやけど、でも、単館系のマイナー系になるんやけど、単体スポーツ・ドキュは、これまでに多数作られてきておます。

でもって、サッカーものはどないやねん、なのどすが、それなりにあることはあるんでおます。ボクチンがこのブログを始めてからでも、「マラドーナ」(2010年1月12日付けで分析)やら、「アイ・コンタクト」(2011年1月5日付け)やらを紹介できました。この両作共に、フツーにサッカーを描くような仕上げやござりまへんどした。

Jリーグやらワールドカップやらのドキュの方が、そら、みんなの注目をば集めはることでおましょう。但しそれらは、よう考えんでもテレビで十二分に見られるもんやし、そんなんをわざわざ映画にして見せる意味も、そないにないようにも思われよります。

本作はそんな全国ネットの、テレビ中継にはのらへんところの、チョー・マイナーなとこに目を付けはって、マイナー系の哀愁やらに焦点を当てはったんどす。いわゆる、ドキュメンタリーにしてもドラマ映えするようなとこでおます。

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さらに、本作の新しどころはでんな、選手たちや試合よりも、サポーターたちの方を描くことに、力点を置いてはるとこでおましょうか。

そやから、試合シーンより、サポーターらの動きやら、あれやこれやと言うシーンの方が、実はオモロイんでおますよ。こういうスポ・ドキュは、まずござりまへん。

サッカーやなくプロ野球なんやけど、ボクチンは阪神タイガースの長年のファンでおます。ファンやサポーター心理には、繊細かつビミョーなとこがおます。オレが監督やったらこうするのんに、なんてゆう話をもっともらしく、話したりしはる人もいてはります。

一時のタイガースのファンを描いたら、そらモノゴッツーなトンデモ・デタラメ・ドキュが出来上がっておったやろな。

でも、本作は、いかにマイナー系の地域リーグを採り上げてはるとは申せ、描かれるサポーターたちがマトモすぎるのんが、チョイボクチン的には不満やったかな。もっとエキセントリックなサポーターが、おってもええねんけど、そら、ドキュどすさかい、シャーないとこでおましょうか。

でも、昇格を目指して地域リーグに懸ける選手たちや、サポーターの思いは、伝わる仕上がりになっとると思います。

2011年4月19日 (火)

人間ドキュメンタリー映画「イヴ・サンローラン」

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イヴの長年の盟友ピエール・ベルジュはんが語らはる、イヴ・サンローランの実像なんやけど…

イヴのサプライズな姿は、果たして浮かび上がるのか、興味津々で見ておくんなはれ

http://www.YSL-movie.com/

エイプリル4月23日サタデーから、東京・TOHOシネマズ六本木ヒルズやら、ヒューマントラストシネマ有楽町やらで、全国順グリのロードショーでおます。

関西やったら、皐月5月7日の土曜日から、大阪・TOHOシネマズ梅田、兵庫県・TOHOシネマズ西宮OS、京都・TOHOシネマズ二条やらで公開しはります。

本作のフランス映画を配給しやはるのんは、ファントム・フィルムはんどすえー。

文=映画分析評論家・宮城正樹

(C) Copyright 2010 LES FILMS DU LENDEMAIN - LES FILMS DE PIERRE - FRANCE 3 CINEMA
(C) Pierre Boulat Courtesy Association Pierre & Alexandra Boulat)
(C) Pierre Boulat Courtesy Association Pierre & Alexandra Boulat)

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写真はモノクロ2枚になっとりますけども、本作は、たまにモノクロ・シーンがはさまれるパートカラー映画でおます。主に、イヴ・サンローランの過去のシーンを中心に、モノクロとゆうことになっとります。

でもって、コレは当然、巨匠ファッション・デザイナーのイヴ・サンローランを描いた、人間ドキュメンタリーどす。こういうパターンの人間ドキュとゆうのんは、ある意味でパターン化されたもんが大がいでおました。

しかも、肝心のイヴは2008年に、死んではるもんどすさかい、どないあっても、過去のインタビュー・シーンやら、オートクチュール・シーンやら、写真素材をはさみつつでんな、関係者への現在のインタビューを、カットバックするように織り込んで、ドキュを構築するとゆう手しかござりまへんのどす。

でも、そうするしかないにしても、何か新しい視点とゆうもんがないと、どうあっても見終わって「そうどすか。そやから、どないやねん」で、終わってまうような映画になりかねまへん。

でもでんな、本作はメイン部で大きく新味を打ち出さはったんどすわ。それが、今も生きてはる、イヴの長年にわたる盟友やった、ピエール・ベルジュはんのインタビューとナレーションで、映画を展開してゆくとゆう、形式をば採らはったんでおます。

ともすると、こういうカタチやと、ピエールはんは、まあ、大たいイヴに関しては、エエことしか言わはりまへんわな。イヴの悪いことなんか知ってはっても、口が裂けても言えへんし、死者を冒とくする、もしくは死者をムチ打つことにもなる、そんなん言えへんでおましょう。

そのあたりをどないして引き出せるのかが、ドキュメンタリー監督としての力量とゆうことになると、ボクチンは思ておます。

イヴのファンやったら、彼がどんな人生を生きてきたんかは、大かたは知ってはるわけやし、ほとんど知らん人でも、イヴの名前は知ってはるやろから、イヴの光と影を、ドラマティックに映すようなもんを期待してはるわけでおます。

そのあたりがどれくらい深く描かれてるんかは、みなはんが見て判断してもらえばええかとは思いますが、ボクチンは主人公イヴよりも、ピエールはんの描写の方に、哀愁味をカンジよりました。

さてはて、イヴの2002年の引退記者会見のシーンから、本作は始まるんやけど、長回し撮影はええとして、なんでモノクロやねん。続くピエールはんの弔辞シーンもモノクロどす。このモノクロ・シーンはワザトラマンどす。

つまり、ピエールはんの哀愁へと着地させはることを、既にイントロで予告してはるわけでおます。サントラでは、レクイエムやソナタにも聞こえる、ピアノの響きが印象的どした。

2011年4月18日 (月)

日本映画「劇場版 神聖かまってちゃん ロックンロールは鳴り止まないっ」

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実在のJ-ロック・バンド「神聖かまってちゃん」のライヴまでの1週間をカウントダウンしつつでんな、イロンな群像劇ドラマが展開しよる、何やら人を食ったようなお話どすえー

女子高生青春もの、現代的コドモ映画、今どきの母ものやらのジャンル映画が、バンド・ムービーと共に紡がれよりま

http://www.kamattechan-movie.com/

東京では既に、渋谷シネクイント、ポレポレ東中野、下北沢トリウッドやらで公開中どす。でもって、全国順グリのロードショーやでー。

関西やったら、エイプリル4月の23日サタデーから、大阪のシネ・リーブル梅田やら、皐月5月の7日サタデーから、京都みなみ会館やらでヤラはりま。

本作をば配給しやはるのんは、SPOTTED PRODUCTIONSはんでおます。

文=映画分析評論家・宮城正樹

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Ⓒ2011『劇場版 神聖かまってちゃん』製作委員会

「神聖かまってちゃん」ナンチュー奇妙キテレツなバンド名どすが、実在しとります。

いかにもトンデモ・ドラマ向きの、トンデモネー名前なんやけど、やってはるサウンドは、タテノリ系もあるんやけど、16ビート・ロックからポップ・ナンバーまで、本格派を思わせるロック・バンドでおます。

しかも、紅1点(ドラム担当どす)4人組バンドどす。紅1点バンドやったら「いきものがかり」なんて、大ヒットかましてはるバンドがおりますが、ヘンな名前のバンド名のバンドの方が、ナンや知らん売れとるような(!?)世の中の風潮になっとるようにも思いよります。

でもって、本作でおますが、このバンドのライヴまでの1週間を、描くっちゅうスタイルをば取ってはるんやけど、フツーのようなバンド音楽映画とは、大いに違(ちご)ておりまんねん。バンド・ストーリー部は1つの大筋として、配してはることは配してはります。

でも、それとは別に、イロンなドラマを約3つばかり展開しはります。音楽を通して、この3つばかりのストーリーがつながっていくようなカンジを志さはったように、表面上は見えよります。

でも、計画性がないようにも見えよるんで、入江悠監督的には、おそらくオムニバス映画の新しい描き方を、志向しはったんやないかなと思いました。同時進行的に進むこういう群像劇ものは、「グランド・ホテル」(1932年製作・アメリカ映画)以来、数多く作られてまいりました。

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最近では、ホテルの電車版として「阪急電車」(4月1日付けで分析)を分析しよりましたけども、コレもまた何やら新しいカタチを示してはります。その新しさについて見てみまひょか。

①女子高生の青春映画②現代的なコドモ映画③そのコドモの母、今どきの母もの映画④バンド映画。まあ、大たいこの4つの物語が紡がれよります。

それぞれの妙味について言いよりますと、まず①どす。高校生ものではこれまでには描かれへんかった、将棋棋士を目指す女子高生をば描いてはります。「とらばいゆ」(2001年・日本)なんぞでは、オンナ棋士が描かれておましたが、まあ、本邦初でおましょう。

イチバン上の写真に写ってはる二階堂ふみチャンが、その役を演じはりました。時おり宮崎あおいネーさんを、思い出させるようなとこもござります。特に、攻撃型の演技を披露する時に顕著どした。

②は写真3枚目の少年を描いてはります。パソコン・オタクで、「死にたいな~入れたいな~」ナンチュー、ヘンな歌を作って歌(うと)てはります。この少年の現代的なキャラ作りもまた、新しどころどす。

③はその少年のオカンどす。昼間は清掃業で、コドモに対してはキチンとしたオカン、夜はダンス・バーで踊ってはるオカン(写真2枚目)でおます。いわゆる、2面性ある女を演じてはることになっとりま。

元AV女優の森下くるみのネーさんが、この2役を、え~、おんなじオンナとは思われへんやん! なくらいのノリで演じてはります。

でもって、④が全ての話をつなぐ役目を、いちおう担っておます。フツーっぽくない話を、まさに強引につなげてゆくような作りは、「フィッシュストーリー」(2009年・日本)を思い出しよりました。新しい領域に踏み出さはった冒険作でおますよ。

2011年4月17日 (日)

クレイ・アニメのケッサク「メアリー&マックス」

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アニメの領域を超えて紡がれる、年の離れた者2人の友情映画の感動作でおます

アニメとしての色使いや計算も、特筆すべきもんがござりまんねん

http://maryandmax-movie.com/

エイプリル4月23日サタデーから、東京・新宿武蔵野館やらで、全国順グリに公開されよります。

関西やったら、ジューン6月4日サタデーから、シネ・リーブル梅田やら、シネ・リーブル神戸やら、T・ジョイ京都やらで上映どす。

オーストラリア映画の本作をば配給しやはるのんは、エスパース・サロウはんどすえ~。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

Ⓒ2008 Screen Australia, SBS, Melodrama Pictures Pty Limited, and Film Victoria

クレイ・アニメとゆうのんは、3Dみたいに立体的でおまして、しかもCG的なカンジのない手作りの、温かさみたいなもんがござるかと思います。

ボクチン、クレイ・アニメ作品てゆうたら、「チキンラン」(2000年製作・イギリス映画)くらいしか見てへんねんけど、本作を見て、すっかりこってりハマッてしまいよりましたがな。

アニメとしての配色計算も見どころなんやけど、イチバン凄いと思うんは、人と人の友情映画としての、まさにオーソドックスにして、いつの時代にも色褪せることのない感動をば、クリエイトしはった点どすわ。

1976年から1990年頃までのお話なんやけど、2人の年の離れた男女キャラ造形ぶりの、オリジナリティーあふれるカンジがまずおます。

でもって、まずは、オーストラリアにいてはる少女の話からどす。ユニークな家族ドラマ的なとこから入らはります。オトンは工場を経営、万引き癖のあるオカンは、昼間から酒飲んで眠ってはるような人。

で、少女はオンドリは飼ってるけど、友達がいてへんと嘆いてはりま。ある日、アメリカの電話帳を見はって、面白い名前の人に手紙を書こうかと思わはり、実行しはります。

少女に選ばれた高齢者の主人公は、ニューヨークにいてはりまして、いろんな職業を転々としはって、ハランバンジョーに近い人生を送ってはる方でおました。無神論者で自閉症で孤独。そやけど、彼は少女の言葉にムネ打たれはってでんな、返事を書かはるんどす。

でもって、年の離れた2人の文通が始まります。そのやり取りのイロイロやら、2人の現状の描写やらが、本作の1つの大きな見どころやろと思います。

涙をビンに詰めて送ったり、喜怒哀楽に関する応答シーンやら、愛に関する考察など、フツーの文通やない、ドラマ効果を考えはったオリジナルなとこが、いっぱいござります。

少女が自殺しようかとゆう時に、「間違えられた男」(1956年・アメリカ)で使われた「ケ・セラセラ」の音楽を流したりと、緻密に練られたシーンもありま。

そして、色使いどす。オーストラリア・サイドは薄いカラーで表現しはり、一方のアメリカNYサイドは、主人公のキモチを反映してか、モノクロに近い映像で通してはります。

この対比描写は、わざとらしく見えながらも、ココロに深く残る2人の初対面シーンへの感動へと、通じてるように思いよりました。

友情映画のケッサク・アニメの誕生でおます。ぜひ劇場へと、見に行っておくんなはれ。

2011年4月16日 (土)

アメリカン家族映画のニュー・シネマ「キッズ・オールライト」

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オンナ同士の両親やのに、10代の姉と弟のコドモありきやなんて、変形家族ドラマのチョー現代形を示さはりました

両親役ジュリアン・ムーアのネーさん&アネット・ベニングのネーさんの、演技ぶりにも注目どすえ~

http://www.allright-movie.com/

エイプリル4月の29日フライデー「昭和の日」から、東京を始め関西やったら、シネ・リーブル梅田やら、シネ・リーブル神戸やらでロードショーでおます。

その後、全国各地順グリの上映でおまして、京都やったら、皐月14日から京都シネマやらで上映どす。

「R-15指定」の本作を配給しやはるのんは、ショウゲートはんどすえ~。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

Ⓒ2010 TKA Alright.LLC/UGC Ph All Rights Reserved

ボクチンも参加させてもろてます、電子書籍「月刊シネマグランプリ」の4月創刊号(この創刊号は、東日本大震災を鑑みまして、本来は有料どすが、無償にて閲覧できます)で、1位になった作品でおます。

ボクチンも投稿締め切り前には、本作を見とりましたけども、1人持ち点の10ポイントは別の作品に入れよりました。

約ツーポイントでマイナス・ポイントがあったんで、外したんやけど、でも、変形家族映画としての面白さは、ここ最近の変形家族ものでは、群を抜いてるような作りにはなっとりま。

オンナ2人が結婚したら、当たり前どすが、そら、コドモのできるわけがおまへん。でも、アメリカ限定かどうやらは分かりまへんが、精子提供とゆうもんがござりまして、男たちがイロイロ精子を提供しはって、ソレが保存されとるんどすわ。

でもって、その制度か何かよう分かりまへんねんけど、結婚しはったジュリアン・ムーア&アネット・ベニングの各ネーさんが、その方式に則ってでんな、それぞれ1人ずつ妊娠しはって、コドモを産まはったんどすえー。アラマ・ポテチン。

そんなこんなで、4人家族とゆうことになりました。でも、その姉弟となる2人のコドモらがイロイロ調べはって、父となる精子提供者とコンタクトを取りましてな、何と2人のオンナ両親に内緒で会いにゆかはるんどすえ~。

そして、姉弟の好感度が高かったこのオトンが、何とまあ~、コドモたちの斡旋によりましてな、4人家族の元へとやってまいるのどす。上の写真が、その5人の会食シーンでおます。

ここから、両親オンナ2人とオトコのビミョーかつ複雑な、心理関係とゆうか3角関係が発生しよりましてな、やがてトンデモネー方向へと、ネジレの位置ドラマへと進んでゆきよるのどす。

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アメリカン家族ドラマ映画としては、異質で異能な作品どす。でも、設定は異能やも分かりまへんけども、基本的にはでんな、アカデミー賞の作品賞をゲットしてる「クレイマー、クレイマー」(1979年製作・アメリカ映画)とか、「普通の人々」(1980年・アメリカ)、「愛と追憶の日々」(1983年・アメリカ)、「アメリカン・ビューティー」(1999年・アメリカ)やらの世界観と、そない変わるようなとこはないんでおますよ。

「アメリカン・ビューティー」で妻&母役やらはったアネット・ベニングのネーさん、母役はケッコーやってはるジュリアン・ムーアのネーさん。2人の掛け合いはモチ、侵入者とゆう形で入ってきはるマーク・ラファロのアニキと、2人の各1対1のやり取りシーンは、1つの見どころにもなっとります。

例えば、ジョニ・ミッチェルの「ブルー」をヨッパライながら歌う、アネット姉さんのシーンは強烈な印象を残しよります。

ところで、ボクチンが思ったマイナス点どすが、サントラ使いのマズサと、姉弟それぞれの人間関係の中途ハンパな描写部どす。観客に分かるようなカタチで、決着しとらんとこがござります。サントラやら脇役キャラもまた、瑣末なとこかもしれまへんが、映画にとっては大事なとこやろとは思います。

でも、それらのマイナス点を超越して、本作が家族映画の新しさを打ち出したケッサクであるのんは、間違いござりまへん。

2011年4月15日 (金)

アニメ・シリーズ第15弾「名探偵コナン-沈黙の15分-」

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本格ミステリーとパニック・アクションがミキシングされた、アニメ・プログラム・ピクチャーの会心作どす

江戸川コナンの名推理と大アクションは、常にクライマックス状態を維持しておます

http://www.conan-movie.jp/

エイプリル4月の16日サタデーから、全国東宝系ロードショーでおます。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

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Ⓒ2011 青山剛昌/名探偵コナン製作委員会

いつものように冒頭で、名探偵コナンが生まれ落ちた経緯とゆうもんが披露されよります。

余計やも分かりまへんが、ボクチン的に付帯的説明を加えよりますと、コミック原作者の青山のアニキは、メッチャ本格ミステリーダイスキ者なんやろなと思います。

モチ、名前の由来を見ても、名探偵・明智小五郎と少年探偵団を生み出した、江戸川乱歩の江戸川と、名探偵シャーロック・ホームズを生んだコナン・ドイルのコナンを、つなげはった主人公でおます。

そんなん語呂合わせにすぎひんやんと、思わはる方もおられるやも分かりまへんけども、でも、本作合わせて全15作の劇場版となるけど、コナンはいつも見事な推理をば披露してはるんどす。

それも、チャンと伏線を入れはった上で、その伏線シーンを入れつつ披露しはるんで、これはモー本格的でおます。

今回も、雪上に犯人の足跡がない、密室トリックがまずござります。

でもって、東京メトロ爆破事件を、8年前の新潟のダム建設へと関連させ、村が湖底に沈んだことに関する恨みの「誘拐」(1997年製作・日本映画)的な風に思わせながら、現地で出会った4人の人間関係へと、焦点を当ててゆくとこなんか、フツーの推理小説にはできしまへんで。

さらに、8年前の事件で、事件前後の記憶をなくした少年の存在がありま。一体、犯人は誰やねんっちゅうのんを、観客がコナン君と共に、推理できよるようにもなっとるんどす。

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コナン君は、推理するだけやありまへん。行動も、積極的に躍動的にしやはります。

ミラクル・スケボーやら、虫メガネ的レンズ(コレはホームズからヒントを得たんやろけど)やら。青山のアニキはおそらく、ハリウッドのアクション映画にもリスペクトしてはるように思います。

冒頭の地下鉄大爆破に関し、すばやく動いたり、クライマックスのダム爆破・決壊でも、スキーやなくこのスケボーで、凄まじいミラクル・アクションを披露しはります。

「ダイ・ハード2」(1990年・アメリカ)のブルース・ウィリスとか、「ミッション:インポッシブル」(1996年・アメリカ)のトム・クルーズとか、日本映画やけど「ホワイトアウト」(2000年)の織田裕二のアニキとかと、シンクロするようなコナン君の奮闘ぶりなんでおますよ。

そして、こういうアニメには絶対に欠かせない、プロの声優たちによる、声のハーモニーとリズム感どす。

ゲストとして、戦場カメラマンの渡部陽一のアニキが、刑事役でチョイ、あのユルリズムの声優ぶりを披露してはるけど、あくまでメインの声はプロの声でおます。高山みなみ、山崎和佳奈、林原めぐみらの各ネーさんが、声優らしい声の妙演技で魅せてくれはります。

でもって、実写も挿入されるラストロールでは、B'zの主題歌「Don't Wanna Lie」が流れます。B'z初期のダンサブルさも加味された、ロック・ナンバーでおまして、ヒジョーにエエカンジの後味感を作ってはりますよ。

2011年4月14日 (木)

韓国映画「ただよう想い。」

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ドロドロ感のない不倫映画ちゅうのんは、韓国映画らしさなんやろか

しかも、家族映画と不倫映画を調合して、男の哀愁へと着地させるやなんて…

http://www.cinemaskhole.co.jp/cinema/html/

韓国映画の新作特集上映「真!韓国映画祭2011」の特別上映作品として、エイプリル4月の23日サタデーから、大阪・十三(じゅうそう)の第七藝術劇場で上映しはります。

その後、皐月5月28日の土曜から、ジューン6月17日フライデーまで、東京・新宿K's cinemaで上映どす。

本作を配給しやはるのは、キノアイジャパンはんとシネマスコーレはんどすえー。

文=映画分析評論家・宮城正樹

夫妻と女のコドモ1人の家族映画と、男の不倫映画を混合調理してみたら、一体どおゆうことになるんか。その化け学反応の1例を、示したのが本作でおます。

家族映画と不倫映画は、本来は水と油みたいなもんでおましょう。そやからやないんでしょうけど、夫妻映画部と不倫映画部が、何やら分離したような作りになっておるんどす。

しかも、不倫映画の方は「失楽園」(1997年製作・日本映画)のような悲愴感はないし、不倫映画によく見かけるような、ドロドロしたとこもござりまへん。むしろさわやかとも取れる、純愛映画なノリなんどすわ。

なぜかと言いよりまするに、妻と愛人が本編で会わないからでおましょうか。確かに妻と愛人がカチ合って、ハデにバーサスするような展開へと、話を転がすこともできたでおましょう。

でも、そないすると、これまでの作品に似て、ある種パターン化し、ありふれたもんになるやろなと、キム・ドンウォン監督はんは思わはったんでしょうな。

ほなら、夫妻映画と純愛映画で2本分楽しめるかとゆうと、そうではござりまへん。

この2本に共通して出てきはる主人公の夫やけど、妻と愛人の間でココロが揺れるっちゅうことになっておます。タイトルも、そのキモチを反映したものどす。

そやから、そのキモチがどう演技され、どう映像化されとるんかが問題やと、ボクチンは思います。

昨日分析しよりました「キュレーター…」も、男のエエ加減さをストレートに描いておましたけども、コチラは、それとは180度違う位置づけができるんやないかな。つまり、ストレートやなく、ファジーなんでおます。

揺れる想いは分からんでもないけど、夫妻映画と恋愛映画の分離感に合わせるように、2つの愛と恋に迷う男の哀愁やら、キモチはよう見えてきよりまへん。それは、たぶん、わざとやってはるのかもしれまへん。

ドロドロ感をなくしたのと同じように、男ゴコロの哀愁味は、本作には似合わへんと考えはったんでしょう。

人によって好みの分かれる映画かもしれへんけど、緊迫感ある別れのシーンなんかでも魅せはるので、ボクチンはどちらかとゆうと支持派どす。

ほんでもって、本作のサントラ使いは巧みやったと思いま。チャップリン映画みたいな滑稽な音楽から、ボサノバチックなアコースティック・ギター・サウンドまで多彩どす。

中でも、ピアニカ・サウンドとコドモの歌を流しもっての、不倫デートのシーンは秀逸どしたえ~。

2011年4月13日 (水)

韓国映画「キュレーター、ジョンフンさんの恋愛日記」

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女性監督による、男の恋愛に関する、気紛れ系恋愛映画でおます

女の男の恋愛へのホンネかもしれんけど、こんな男ばっかりやおまへんので、くれぐれも誤解なきよう、よろしゅうに頼んます

http://www.cinemaskhole.co.jp/cinema/html/

韓国映画の新作特集上映「真!韓国映画祭2011」の1本として、4月23日から大阪・第七藝術劇場で上映しはります。

その後ですけども、5月28日から6月17日の間どすが、東京・新宿K's cinemaなどで上映どす。

本作の配給は、キノアイジャパン&シネマスコーレはんどすえ~。

文=映画分析評論家・宮城正樹

女性監督(ソン・ジヘのネーさん)が描かはる男の映画でおます。男が描く女やらもありまんので、片や女が描くところの男は、どないなもんやろかなとゆう興味もござります。

でも、男の監督が描かはる女性映画でも、女性の方にはたぶん、こんなん違うでーってなとこがあるやろし、同じようにでんな、女性監督が撮るオトコにも、ちょっと違いマッセーなとこがござるのです。

いやいや、ボクチンが本作で見た主人公像やけど、優柔不断男の典型的なパターン例でおます。こういう男は確かにおるとは思うんやけど、男の全てがこんなんやありまへん。

まあ、大たい、こういうのんは、日本に限っても10パーセントおるか、おらんかやとボクチンは思いますが、ひょっとしたら、っちゅう男もいてはりますんで、確定は控えたく思いよります。

不倫および、ふたマタみつマタそれ以上の、マタがけ恋愛やら、純愛とはほど遠い、イロイロな不正恋愛ちゅうもんがあるんやけど、でも、そういう恋愛の方が不謹慎かもしれんけど、ドラマ映えしよるし、見ていてもオモロイのは確かどす。

でも、本作は、あくまで男1人に集中しはり、でもって、男の情けなさみたいなんを、さりげのう取り上げはりました。アラマ・ポテチンな驚きは、そんなにないやも分かりまへん。

そやけど、映画としての描き方としての、シブミちゅうもんがありまんねん。1分以上の長回し撮影はしょっちゅうござるんやけど、そのたんびに主人公キム・ヨンホのアニキは、イロイロ喜怒哀楽の演技をば見せはります。

特に、フィジーへのハネムーン・シーンは作為的どした。男女をオス・メスにたとえたナレーションを入れまして、空と地を微妙に分割したショットを繰り出してでんな、2人の恋愛を伝えるシークエンスは、今までにない印象度合いを持っておました。

主人公キム・ヨンホ・アニのラストのホンネ的セリフは、オッとゆうとこがござりましたしな。

奥行き感あるショットやらの、映画的な品格あるカットはイロイロありますし、アコースティック・ギターことアコギやらを取り入れた、軽快感とアドリブ感あるサントラ使いにも魅せられよりましたがな。

冒頭シーンとラストシーンが、つながっているとゆう構成も、ええカンジやと思います。

でも、女性監督が描く映画には、これまではみんなの好感度が高い主人公が出とる映画は、妙に少ないんやないかな~と思いよりました。エエカンジの男もそれなりにおりますんで、女性監督のみなはん、カッコヨク描いておくんなはれ。お願いしますわ。

2011年4月12日 (火)

ポーランド映画「木洩れ日の家で」

シニア映画とイヌ映画がミキシングされ、その相棒ぶりがえらい愉快な作品になっておます

ロードムービー・スタイルやった「ハリーとトント」の、家に引きこもりバージョンってなカンジどすか

http://www.pioniwa.com/nowshowing/komorebi.html

エイプリル4月の16日サタデーから、東京・岩波ホールほかで、全国順グリのロードショーでおます。

本作をば配給しやはるのは、パイオニア映画シネマデスクはんどすえー。

文=映画分析評論家・宮城正樹

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ⒸTandem Taren To, Kid Film, TVP S.A. 2007

本作はモノクロで描かれておます。かつてボクチンは「キネマ旬報」の映評のなかで、全ての映画監督は、1度はモノクロ映画を撮りたいと、考えてはると書きました

カラーやったら、そら華やかで鮮やかなんやけど、白と黒での映像表現となればでんな、逃れようのない表現が必要とされよりま。白と黒しかないなかで、どういう表現ができるんか。その制限されたなかで、映画監督的作家性を、思う存分に発揮できるんでおますよ。

今どきモノクロやなんてと、思わはる方もおられることでおましょう。でも、モノクロやないと、その作品性を緻密に描けへんとゆうのんが、確かにあるんどす。

本作は引きこもってはる、おばちゃんヒロインと白と黒の2色のイヌ、フィラちゃんの、まさに人1人と犬1匹の、ある意味2人・匹芝居みたいなとこがござります。

現実のイヌの視点とゆうのんは、実はモノクロでおます。それをビミョーに取り込まはったんが、「ハチ公物語」(1987年製作・日本映画)のハリウッド・リメイクとなった「HACHI  約束の犬」(2009年・アメリカ)でおました。

つまり、イヌ視点では、モノクロに近い脱色系の配色でゆかはったんどす。でもって、本作は完全なイヌ視点による、モノクロ映画でおます。さらに、シニア映画としても、黄昏感を出すためとしての、モノクロ描出はピッタリきよります。

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一方で、これまでシニア映画にありがちやった暗さとゆうもんが、ほとんどカンジられまへん。この老女ヒロインは、メッチャ元気系やねん。モチ、イヌも元気やわね。前向き映画として、ある意味、元気がもらえるような映画にもなっとるんですわ。

見出しに書きよりました「ハリーとトント」(1974年・アメリカ)てゆうたら、老人と猫がロードムービーする映画でおましたけども、その老人は老女となり、猫がイヌとなり、しかも、ロードするんやなく、自宅の引きこもり系で表現しはります。でも、作品性としては、同じようなテイストでおましょう。

木洩れ日の光の柔らかな描写と、夜の描写のダーク感が対比されておます。そして、撮り方も斬新やで。

ガラスを通しての2重、3重に見えるカットやら、ゆらぐように見えるヒロインの過去回想シーン、窓を通したヒロインやイヌのカット、「2001年宇宙の旅」(1968年・アメリカ)で流れた「美しき青きドナウ」で、隣人たちが踊るとこやらを、ヒロインが双眼鏡でのぞくカットやらが、エエカンジどした。

そんななかで、本作でイチバンエエとこは、ヒロインとイヌのアップ・シーンを、ほぼ同等の回数で披露しはるとこでおます。コレがホンマにエエ心地になるんどすわ。シニア映画としてもイヌ映画としても、快作になった傑作どすえー。

2011年4月11日 (月)

ロシアの戦争映画「戦火のナージャ」

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ハリウッド産戦争映画に、大いなる対抗意識を示さはった、ロシア1国製作の戦争映画でおます

ニキータ・ミハルコフ監督の「太陽に灼かれて」の続編でおまして、3部作の第2弾なんやでー

http://www.senka-nadja.com/

東京は4月16日から公開でおまして、その後、全国順グリのロードショーどす。

関西は、皐月5月の21日の土曜日から、大阪・テアトル梅田で上映でおます。

その後、京都シネマやら、神戸・元町映画館やらで封切りどす。

本作をば配給しやはるのんは、コムストック・グループはんとツインはんどすえ~。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

Ⓒ2010, GOLDEN EAGLE.

みなはん、ニキータ・ミハルコフ監督が撮らはった「太陽に灼(や)かれて」(1994年製作・ロシア&フランス合作)って、見はったことはありまっしゃろか。

当時、アカデミー賞の外国語映画賞をゲットしはり、カンヌ国際映画祭では最高賞やった「パルプ・フィクション」(1994年・アメリカ)に続く賞、グランプリもゲットしはった名作どす。

その続編が、何と16年ぶりに製作されよりましたんが本作でおます。前作を見てはらへん方は、本作を見る前には、前作を見といた方がええかとは思いよりますが、でも、見てへんでもよう分かるようにはなっとりま。

前作で政治犯として捕まったオトン(ニキータ・ミハルコフはん自らが演じてはります)どすが、1941年に死刑に処せられた記録があるんやけど、なんでか生き延びてはるんでおます。

で、その娘はん(監督の実の娘はんのナージャ・ミハルコフちゃんが演じはりま)とは、生き別れになっとるとゆう状況から、今回の物語は始まります。

つまり、オトンと娘はんのそれぞれの物語が、1941年から1943年までの第2次世界大戦中の、ロシアとナチスの戦時下で繰り広げられよるんどす。

一方で、オトンを逮捕したスパイが、1943年にスターリンからオトンは生きとるらしいんで、その行方を探れとゆわれはりまして、その調査の様子と、オトンと娘はんの1941年の状況を、カットバックするっちゅう、なかなかシブい構成の映画になっとります。

でもって、前作にはなかった戦争映画大モードが、本作の大きな見どころとなっております。

ロシアだけで製作した戦争映画といえば、「スターリングラード大攻防戦」(1972年・ソ連)とか「戦争と平和」(1966年~1967年・ソ連)とか「僕の村は戦場だった」(1962年・ソ連)なんぞがござります。

でも、ハリウッド資本の入った英語セリフによる戦争映画とゆうのんが、ボクチンらの目元に届くことが多い、映画環境っちゅうもんがござったことも確かどす。「スターリングラード」(2001年・アメリカ&ドイツ&イギリス&アイルランド合作)とか「ディファイアンス」(2009年・アメリカ)とか、ソ連を舞台にしとるのに、なんで英語セリフやねんとゆう、違和感があったんも確かやと思いま。

そんなこんなで、ロシア映画として、ミハルコフ監督は、「プライベート・ライアン」(1998年・アメリカ)あたりに負けへんような、迫力あふれる戦争映画を目指さはりました。

一般人が一方的にやられることが多いけど、凄まじい戦争シーンが次々にやってまいります。爆破・爆発シーンの多さも目立ちます。まるでハリウッド産の戦争映画とも、みまがうようなスゴサどす。

「史上最大の作戦」(1962年・アメリカ)とか「遠すぎた橋」(1977年・アメリカ&イギリス)とか「パリは燃えているか」(1966年・フランス&アメリカ)とかの迫力やらは、ひょっとして超えてはるかもしれまへん。

ドイツ機が、娘はんが乗る赤十字社の船を襲うシーンと、その後の「タイタニック」(1997年・アメリカ)的展開とか、貧弱な要塞をバックにオトン組が、ナチスの戦車部隊と対決するシーンなど、夢にまで出そうな強烈なシーンがいっぱいござりました。

完結編となる第3弾は、今年の後半に公開される予定でおます。一体、どないなるんか、ホンマ、楽しみどすえ~。

2011年4月10日 (日)

意外や意外の大ケッサク・アメリカンSF映画「エンジェル ウォーズ」

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「チャーリーズ・エンジェル」みたいな単純系やおまへんで

「マトリックス」やら「インセプション」やらの複雑系に加え、個人の空想を映像化しながら、多層界にわたりお話が展開しよります

ウ~ン、「2001年宇宙の旅」的な、不条理系SF映画の系列に入る作品でおました

http://www.angelwars.jp/

エイプリル4月15日フライデーから、東京・丸の内ピカデリーやら、大阪・梅田ブルク7やらで、全国ロードショーでおます。

本作を配給しやはるのんは、ワーナー・ブラザース映画はんどす。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

Ⓒ 2011 WARNER BROS. ENTERTAINMENT INC. AND LEGENDARY PICTURES

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試写案内だけを見た段階でおますけども、ああ、これまでにもイロイロあったような女戦士らが悪と戦って、ほんでもって、苦闘の末に何とか勝つっちゅうようなアクション映画なんやろなー、と思とりました。

ところがどっこいどす。コレは「チャーリーズ・エンジェル」(2000年製作・アメリカ映画)の単純系アクションとか、「トゥームレイダー」(2001年・アメリカ)やら「バイオハザード」(2002年・アメリカ&ドイツ&イギリス)やらのゲーム原作系アクションとかとは、180度くらい違(ちご)ております。

コレを説明するには、かなりの字数が必要となりよりますんで、まずは、イントロであらすじ的に、薄色のサイレントでタイトに示されるシーンの、ストーリーをば解説いたしましょうか。

オカンが死んでもうて、ママ父(継父)とヒロインと妹の3人が残されました。オカンの遺書には、娘2人に全遺産を残すとあったんやけど、継父の仮オトンが怒り、2人の娘を幽閉しはりました。でも、ヒロインの姉は、窓から出はって、仮オトンを銃殺せんとしはります。ところが、誤ってしもて、妹を銃殺してまう結果となりました。モチ警察沙汰どすが、仮オトンは姉ヒロインを、精神病院へ連れていかはります。

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ほんで、この精神病院で、ヒロインがロボトミー手術をされはるらしいとゆうとこらあたりまでが、現実のシーンとなりましょうか。

でも、このヒロインは空想癖がござりましてな、そのトンデモネー・ハランバンジョーの空想ぶりが随時、映像化されておまして、ボクチンらを、おいおい、ナンやねん、コリャ、と驚かせ続けてくれはるんどすわ。

ロボトミーにされる話やったら「カッコーの巣の上で」(1975年・アメリカ)なんぞの名作がござりまんねんけど、本作は、そんなストレート系のヒューマン映画とは、根本的に違うんですわ、ホンマ。

このヒロインは、まずこの精神病院から、ダンサー・クラブノリの売春宿へと、空想転移しはるんどす。そこは、オンナたちが踊ってイロイロ、市長やら富豪をもてなす遊び場になっとりましてな、でもって、ヒロインのエミリー・ブラウニングちゃんが踊らはりまんねん。

何とこの踊りのシーンが、アクション・シーンへと転化されよるんどす。しかも、それには、ネタバレにならんように言いよりますと、意味を持たせるスタイルにしてはるんどす。

売春クラブであれ、精神病院であれ、拘束されたところから脱出するためのアイテムを、その戦い、つまりヒロインが踊ってる最中に、ココから脱出し自由になりたい5人の女の誰かが、盗むなんてことになっとりま。それは4つありま。

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それでもって、このヒロインが踊ってはるとゆう設定における、空想アクション、5人のミッション・シーンどすが、本作では4場面にわたり展開しよります。それがまた、スゴイのなんのって…。

まずは、ヒロインだけで「キル・ビルVol.1」(2003年・アメリカ)みたいに女剣士になって、大魔神みたいな巨人忍者と戦わはります。

ほんで次は、5人が参加しはって、第2次世界大戦下のアメリカとドイツの戦い。ヒンデンブルグやらとのチョー活劇戦は、キョーレツ至極でおます。

3番目は火を吹く巨大モンスター。そして、4回目のロボット軍団が操る、爆弾入りのノンストップ電車との戦いで、遂に仲間の1人が死にまんねん。現実と空想が一体になっとるんで、現実にも死んでまうことになっとりま。

このアクション・シークエンスの多彩なカンジに加え、仮想ミュージカル映画的なとこも志向してはるんが、さらに本作を多層構造のSFアクション映画にしてはるんどす。

オーケストラ・サウンドから、ニューウェイヴ、ヒップホップ、ハードロック、ダンサブル・ナンバーやら歌ものを、しょっちゅう流さはります。特に、冒頭にかかる、ユーリズミックス「スイート・ドリームス」を、エミリー・ブラウニングちゃんがアンニュイにカヴァーしはったんは、ココロそそられました。

見出しに書いたようなカンジどして、はっきり言いますわ。異能SF映画の大ケッサクが生まれよりました。アラマ・ポテチン。

2011年4月 9日 (土)

アメリカ映画「ガリバー旅行記」

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あの「ガリバー旅行記」が、現代的にアレンジされた超絶コメディでおます

20世紀フォックス映画的粋を示さはる、遊びゴコロに思わずオーッてなカンジどすか

http://gulliver-travel.jp/

エイプリル4月の15日フライデーから、全国ロードショーでおます。

関西やったら、TOHOシネマズ梅田、梅田ブルク7、なんばパークスシネマ、京都・TOHOシネマズ二条、MOVIX京都、T・ジョイ京都、TOHOシネマズ西宮OS、OSシネマズミント神戸やらで上映しはります。

本作をば配給しやはるのんは、20世紀フォックス映画はんどすえー。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

Ⓒ2010 Twentieth Century Fox.

みなはん、「ガリバー旅行記」ってゆう小説って知ってはりまっしゃろか。イギリスの作家ジョナサン・スウィフトはんて人が、1726年に発表しはりました。

この頃に発表された小説のなかで、ボクチンが個人的にスゴイやんと思ておますベストスリーは、①ドン・キホーテ②トリストラム・シャンディー③ガリバー旅行記でおます。

そないなもんどすさかいボクチンは、アニメ以外には、映像化不能なんとちゃうんと思とった本作の実写映画化作品に、ココロ躍らせて見にいきよりましたがな。しかも、21世紀の現代的な設定やとゆうことで、その仕上がりに注目しておました。

しかし、なるほど、巨人1人と小人大勢の世界観とゆうのんは、異色といいますか、どうあっても21世紀的には、寓話とゆうよりナンセンス・コメディになりかねへんような素材でおます。

でも、そのナンセンスなとこが、見る側のボクチンらには、ある程度イメージできよりますわな。その前提に従って見てゆくと、なるへそ、古典的作品をベースにしつつも、ユニークな作品を作ろうとしはった跡が、ありありと映像に示されておました。

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本作を製作しはった、20世紀フォックス映画はんといえばでんな、ハリウッドの巨大映画会社の1社でおまして、そんな20世紀フォックス的なファクトリー性が、イロんな意味で本作に反映されておます。

パロディ的なカンジが多いんやけど、「アバター」(2009年製作)「タイタニック」(1997年)「スター・ウォーズ」(第1弾は1977年)「ロミオ&ジュリエット」(1996年)などを、思い出させるシーンがストレートに出てきよります。

ミュージカルの傑作「サウンド・オブ・ミュージック」(1965年)やらを輩出した会社だけに、ラスト近くで披露されるミュージカル・シーンも、とても楽しい仕上がりになっとります。

20世紀フォックス作品の系列やないけど、巨人と小人的には「キング・コング」(1933年・1976年・2005年)やったり、「ロード・オブ・ザ・リング」(第1弾は2001年)なカンジもござります。

「スクール・オブ・ロック」(2003年)など、良質のコメディで演技してきはったジャック・ブラックのアニキが、最も輝いておます。怪演技にして快演技。謎めいたバミューダ海域から、小人の島へと入る設定やらも、なるほど、そうかいな~と納得できました。

「プラダを着た悪魔」(2006年)エミリー・ブラントちゃんやら、アマンダ・ピートのネーさんらとの絡みも良かったどす。

自身の恋を含む、2つのラブ・ストーリーをつなげる、ジャックのアニキの演技ぶりやらコメディアンぶりは、軽快にして巧妙。魅了されましたで。

古典をコメディ化した快作どす。こういう作品は今後も、どんどん作られてゆくことでおましょう。

2011年4月 8日 (金)

日本映画「光男の栗」

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桃井かおりネーさんが、初の本格的母もの映画をやらはりました

息子探しの、ミステリー・タッチもある快作やねん

http://www.nara-iff.jp/

http://www.cinenouveau.com/

4月23日のサタデーから、大阪のシネ・ヌーヴォにて上映しはります。

本作を配給しやはるのんは、「NPO法人なら国際映画祭実行委員会」どす。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

桃井かおりネーさん初の、本格的な母役主演映画でおます。ボクチンらがこれまでに、イロイロ見てきた桃井ネーさん・スタイルでいったら、ある意味でミスマッチなキャスティングのように見えたりしよります。

ちゅうのんは、桃井ネーの定番的演技としては、もっとスレッからしな役柄が似合っておって、それがボクチンらを喜ばせてくれはったからでおます。

でも、そんな息子を思う母役にしてもでんな、いつものけだるい系の桃井節は健在なんでおます。

奈良を舞台にした地方映画とゆうことで、前日に分析しよりました「びおん」に続き、奈良在住の河瀬直美プロデューサーによる作品どす。しかも、韓国の監督チャオ・イェによるもんでおます。「びおん」と同じく、本編1時間のサントラ流れずのスタイル。

桃井ネーは「無花果(いちじく)の顔」(2006年製作)で映画監督もしはってから、映画に対する姿勢やらビジョンが、変わらはったかと思いよります。つまり、インディーズ系の映画への積極的なアプローチでおます。

自らの監督作品もまた、インディーズ系でおましたが、そこからこそが新しい映画の可能性を、表現できるんやろと思わはった結果やろと思います。

後日、桃井ネーの談話と共に分析いたします、桃井ネー主演の香港・ラトビア合作映画「雨夜(あまや) 香港コンフィデンシャル」も含めよりまして、インディーズ映画への限りなき愛を表明してはるんどす。

さてはて、本作の簡単なストーリーを申し述べまひょか。桃井ネーが演じるオカンが、奈良へ息子を探しにきはりました。奈良のいろんなとこをウロウロするとゆう、ミニ・ロードムービー・スタイルどす。

でも、イロイロ探し回った結果、モノゴッツーなサプライズに出会わはるんどす。どんでん返しでおますんやけど、そこまで持っていく道筋こそが、本作のキモになっとるような作りなんでおますよ。

2分から3分強までの長回し撮影シーンが、1時間とゆうなかで多投されておます。藤原宮跡の停留所でバスを降りて、いきなり迷ってはる桃井ネーの冒頭シーンから長回しどす。

息子探しの難しさを示す、これらのけだるい感ある長回しシーンは、ある意味で本作の、分散されたカタチで提出されるハイライト・シーンと言えるでおましょう。

デジカメ動画をスクリーンに長めに映すシーンとか、21世紀的な新しいシーンもクリエイトされておます。

タバコ・スパスパのシーンも多い桃井ネー。主演作品の系譜のなかでも、異色のオモロイ作品になったかと思います。

2011年4月 7日 (木)

日本映画「びおん」

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女性プロデューサー&女性監督による、ヒロイン映画のリリシサを、桃生亜希子ネーさんが演じはりました

サントラ流れずの1時間映画とゆう、凝縮された映画性がググッとくる映画どすえー

http://www.nara-iff.jp/

http://www.cinenouveau.com/

4月23日サタデーから、大阪のシネ・ヌーヴォで上映しはります。

本作の配給は、「NPO法人なら国際映画祭実行委員会」でおます。

文=映画分析評論家・宮城正樹

カンヌ国際映画祭でイロイロ賞をもろてはる、監督・河瀬直美ネーさんが、本作のプロデューサーでおます。でもって、女性監督・山崎都世子ネーさんが監督しはりました。

この2人は師弟関係とゆうか、師妹関係にあるんやないかいなと思います。映画学校の先生と生徒の関係で知り合わはってとゆう、まさにオーソドックスとゆうべき関係どす。

まあ、昔の撮影所システムの時代やったら、監督と助監督(サード助監まで3人いてはりました)の関係みたいなもんどすかな。

今はそんなんほとんどないもんどすさかい、イロんなパターンで、製作者・監督・そのほかの関係が生まれよりまして、そして、ケッサクを作らんかと日々、励んでいてはるんどす。

奈良出身・在住の河瀬直美ネーどすが、2010年に「なら国際映画祭」なるものをやらはりました。国際映画祭と名付けられるもの以外にも映画祭は、世界各国のイロんなところで開催されておます。

なんで、そおゆうもんを開催するんかとゆうと、商業ルートには乗らへんし、マイナー系かもしれへんけど、見てみたらケッコーええやんっちゅう映画が多いんでおますわ。そういう快作をでんな、少しでもみなはんの元へと、映画館を通して届けたいとゆうのんが、映画祭の根本にござります。

本作は低予算とゆう製作費の関係もあり、本編でサントラは流れず、また、1時間とゆう短めの内容の映画となりよりました。しかしですわ、1時間だけに、凝縮された映画空間があるんどす。

散漫なとこは一つもないようにせな、あきまへん。2時間ものやったら、それなりにお遊び時間をこしらえたりできるんやけど、コレは遊んでられまへんねん。それやのに、計画的かつ印象的な長回し撮影をば、いくつも敢行してはるんです。

直美ネーさんも監督しはる時は、ケッコー長くて重かったり、イミシン意味深長な長めのワンカットを披露しはるんやけど、本作にもソレがチビチビありま。

特に印象的なのは、真相が観客のみなはんに判明する、えらい長~い長回し撮影シーンやろな。

桃生亜希子ネーさんが、エエ感じどす。キリリをメインにしてはるんやけど、恋愛演技では自然体系でホワ~ンとならはったりしはります。亜希子ネーの歩くカットの多さもまた、ヒロイン・ドラマ性を増すような作りになっとるかと思います。

多彩な自然描写、パン・フォーカスも使った撮影、遠近感あるカットやら、映画たるべきところはキチンとしてはる映画でおました。

2011年4月 6日 (水)

韓国の実話映画「小さな池-ノグンリ虐殺事件-」

Chiisanaike

朝鮮戦争映画「ブラザーフッド」やら「戦火の中へ」を超えよったエゲツナサ

「トンマッコルへようこそ」とはテイストが違(ちご)てますし、戦争やない実話の事件系「光州5・18」以上の惨状ぶりでおます

http://www.cinemaskhole.co.jp/cinema/html/

韓国映画の企画上映「真! 韓国映画祭 2011」の1本として、4月23日から大阪・第七藝術劇場で上映どす。

その後、5月28日~6月17日の間、東京・新宿K's cinemaやらでやらはります。

本作をば配給しやはるのんは、キノアイジャパンはんとシネマスコーレはんどすえー。

文=映画分析評論家・宮城正樹

戦争映画といいますか、戦時に、巻き込まれるような形で、無抵抗の一般市民が大虐殺されたとゆう、実話に基づいた映画でおます。

日本の原爆もの映画やらは、アメリカ軍にはっきりと意図した狙いが、ござったものでおましたが、本作は違います。

戦火を逃れて疎開しようかとゆう人々の中に、敵が紛れ込んどるらしいとゆう、あいまいな情報が流れよりまして、米軍は一斉に彼らを攻撃しよります。

現場の指揮官の「どう見ても一般市民だが」のセリフも入っておるんどすが、結局、米軍の指令系統がメチャメチャなんでおますよ。

村のいろんな家族たちを、1本の道の行き来で紹介していく冒頭部。ともすると、誰が誰やら分からなくなりかねへん、群像劇としての入り口としては、分かりやすい入り方どす。

でもって、衝撃の虐殺シーンが、本編の前半にやってまいります。鳥肌が立ちました。

砂が舞ってるような薄~い色合いの線路で、攻撃側を余り映さず、老若男女関係なしに殺されてゆく人々を、次々に映してゆくシークエンスは、目を覆いたくなるくらいのムゴタラシサでおます。

コドモが線路で泣きじゃくっているのも関係なく、米軍が隠れてる無抵抗の人々を、じりじりと銃を構えて寄って行くシーンとか、隠れてる最中にコドモが生まれ、その子が泣くから撃たれるとゆうエライ・シーンとか、フツーの状況やおまへん。

かつてイタリアン・ネオ・リアリズムなる、現状をそのままリアルに描き込む手法がござりました。そんななかでも本作は、ロベルト・ロッセリーニ監督が描いた戦争もの「無防備都市」(1945年製作・イタリア映画)とか、「戦火のかなた」(1948年・イタリア)やらのテイストが入っておます。

そして、韓国映画でゆうたら、本作は朝鮮戦争の時に起こった事件なもんどすさかい、「ブラザーフッド」(2004年・韓国)とか「戦火の中へ」(今年1月23日付けで分析)とかと、比較しようかいなと思たんやけど、本作は市民を無差別に一方的にやるもんなんで、戦争映画の形式を完全にブッとんどります。

戦争ものではない市民運動もの「光州5・18」(2007年・韓国)でも、市民は必死の抵抗をば試みてはりました。

本作の作品性に近いとボクが思た「トンマッコルへようこそ」(2005年・韓国)も、村人たちを守るために、犠牲精神に満ちた英雄たちがいよりましたわな。こちとら、弱きを守るヒーローは、誰もおりまへんねん。

暗い話ばっかりしとっても仕方ないんどすけども、でも、ラストは明るめでシメはります。アコギことアコースティック・ギターを、メインにしたサントラ使いも、時おりさわやかな風のようにも聞こえよりました。

いずれにしても、韓国ネオ・リアリズムのケッサクやと思います。

2011年4月 5日 (火)

韓国映画「ソウルのバングラデシュ人」

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「息もできない」に感動しはった方は、間違いのう本作にも、グッときよるハズでおます

高校生ヒロイン映画、異邦人との恋愛映画やら韓国映画でも、チョイ新味で魅せはる作品どすえー

http://www.cinemaskhole.co.jp/cinema/html/

特集上映「真!韓国映画祭2011」の1本として、エイプリル4月23日サタデーから、大阪・第七藝術劇場にて上映しはります。

その後、5月28日から6月17日の間、東京・新宿K's cinemaやらで上映どす。

本作をば配給しやはるのんは、キノアイジャパンはんとシネマスコーレはんどすえー。

文=映画分析評論家・宮城正樹

最近の韓国映画ではストレート系やない、変形スタイルをば取り込んだラブ・ストーリーが、チビチビと出てきておます。

そこで、例によって唐突なんやけど、ボクチンの韓国恋愛映画のベスト&カルトスリーをば、勝手に披露いたします。

●ベスト→①猟奇的な彼女(2001年製作)②オアシス(2002年)③八月のクリスマス(1998年)

●カルト→①四月の雪(2005年)②春の日は過ぎゆく(2001年)③私の頭の中の消しゴム(2004年)

パッと思いついたとこを書き殴りましたけども、本作で描かれとるんは、設定上は上記6作では描かれへんかったとこに、フォーカスしはった作品どす。

病系恋愛(ベスト③、カルト③)とか、不倫系(カルト①②)とか、障害者と健常者の恋愛(ベスト②)、ラスト・サプライズを入れたストレート・タイプ(ベスト①)とかなんやけど、本作は異国の人(バングラデシュ人)、いわゆる異邦人と、母国人(韓国人)の恋愛映画とゆうことになっとりまんねん。

中国人設定の女とアメリカ軍人の恋愛を、香港で展開した「慕情」(1955年・アメリカ映画)なんかが、異国人同士の恋愛映画の嚆矢(こうし=先駆け)やも分かりまへんが、そういうタイプが、映画の中にいるみたい系を控えめに、かなり21世紀的現代的に進化したカタチで、本作は紡がれておます。

日本を舞台にしても、その種の映画は、これまでにもイロイロござりました。最近で言いますと、トム・クルーズと小雪の恋愛が入った「ラスト・サムライ」(2003年・アメリカ)とか、異国の地・日本でアメリカ人同士が、軽く触れ合った「ロスト・イン・トランスレーション」(2003年・アメリカ)とか。

でもって、本作どすが、韓国の女子高生をヒロインにしはり、そのお相手役には、韓国に低賃金労働で出稼ぎに来てはる、バングラデシュ人の男を配してはります。

コレをもし日本人とかアメリカ人にしてはったら、これまで通りの韓流テレビドラマ的ラブ・ストーリーへと、流れてしまったことでおましょう。韓流ドラマがエエとか悪いとかは申しませんけども、こういうタイプの作品は、でも、韓流ドラマでは描かれへんテーマやと思います。

ヒロインと主人公の出会いから、2人が仲良くならはり、でもって、遂には結婚しようかとゆうとこまで、印象的な長回し撮影を多投しはって、お客はんの目とココロに、ググーンと永めに焼き付けてきはります。「第三の男」(1949年・イギリス)のラストシーン45秒ワンカット的な構図のシーンもあるし、また、ラストでは、本編で最も長い長回し撮影を見せはります。

ネタバレにならんように言いますと、このシーンは、前向きに生きるヒロイン映画の系譜のなかでも、ラストシーン歴代ベストテンに入ってもおかしくないような、かなりと印象深きシーンになったかと思いよりました。

「息もできない」(2008年・韓国)のヒロイン役キム・コッピちゃんに、優るとも劣らへんペク・ジニちゃんの、チャキチャキ演技も必見どすえ~。

2011年4月 4日 (月)

フランス映画「ナンネル・モーツァルト 哀しみの旅路」

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モーツァルトのネーさんのことをメインに描かはった、モーツァルト家族ドラマ映画でおます

「アマデウス」やらのサーガ・バージョンとして、楽しめる作品にもなっとりまっせ

http://www.nannerl-mozart.com/

April4月の9日Saturdayから、東京・Bunkamura ル・シネマやらで、全国順グリのロードショーだす。

関西やったら、4月23日から大阪・テアトル梅田、5月14日から京都シネマやらで上映どす。

本作をば配給しやはんのは、アルバトロス・フィルムはんどすえー。

文=映画分析評論家・宮城正樹

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これまでに、モーツァルトを描いた映画はそれなりにござりました。でも、モーツァルトをストレートに描くとゆうタイプは意外や、そないありまへんねん。

クラシック音楽家の実話映画のなかでも、モーツァルトは特異なるシチュエーションと、ドラマ性をば持っておりま。

今後、グスタフ・マーラー夫妻を描いた「マーラー 君に捧げるアダージョ」なんぞも分析しよる予定どすが、それもまたフツーのように、実在のクラシック音楽家を描くような、タイプの映画やおまへんねん。

で、本作なんやけど、モーツァルトとサリエリのライバル対決を繰り出し、極上のヒューマン・サスペンスにしはった「アマデウス」(1984年製作・アメリカ映画)と同じく、モーツァルトとは違うとこに焦点を当てて、作品をクリエイトしてはるんどす。

つまり、モーツァルトの実のネーさん、ナンネルにフォーカス・ポイントを置き、でもって、モーツァルトの幼き頃や両親の姿を描き、家族映画としてのスタイルも打ち出してはるんです。

でもって、「アマデウス」は、モーツァルトが大人になってからの物語でおましたけども、本作はモーツァルトの少年時代を描いた、今まで描かれたことがないとこに目を付けてはるんです。

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ヒロイン役ナンネルを、1995年生まれのマリー・フェレちゃんが演じはりました。本作の監督ルネ・フェレはんの娘はんでおます。

コレがメッチャかわゆいし美人はんでおましてな、フランスのアイドル映画の系譜にも、そうそうないようなタイプなんですわ。

このマリーちゃんは、モーツァルトを引き立てるために脇役プレイヤーにならはり、しかも当時の時代には、女は作曲者・演奏家としては、認められない時代でおました。

そんな抑圧の時代をバックにした、ヒロイン・ドラマとしての細部の描写・演出ぶりは巧みどした。さらに、キズナ描写の巧み感。

姉弟部はあっさりしておすが、母娘・父娘のキズナ部もええし、マリーちゃんがかつて、修道院で出会った少女(この方はマリーちゃんの妹のリザ・フェレちゃんがやってはります)との再会シーンなんか、グッとムネにきよります。

モーツァルト・ナンバーも流れよるし、撮り方も時代感を反映しておます。電気のない時代に合わせ、ローソクを付けた薄イロシーンやら薄暗いシーンに加え、海も天然描写シーンも薄い色で統一してはります。

有名人を脇に置いて、脇がオモテに出る作品の、系列に入る作品のなかでも、魅力あるヒロイン像をはじめ、出色の作品になっとると思いました。

2011年4月 3日 (日)

日本映画「八日目の蝉」分析&主演・井上真央と永作博美のお話

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ツー・ヒロイン映画2人の主演女優、井上真央ちゃんと永作博美ネーさんの、試写会舞台挨拶取材へ行ってきよりました

松竹映画最高傑作の1本「二十四の瞳」の舞台・小豆島ロケを敢行しはった、母性映画の画期的な会心作でおます

http://www.youkame.com/

エイプリル4月の29日フライデー「昭和の日」から、全国各地イッセーのロードショーやでー。

本作をば配給しやはるのんは、松竹はんどす。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

Ⓒ2011「八日目の蝉」製作委員会

写真1枚目は、左から井上真央ちゃん、真央ちゃんの幼児時代をやらはった、大阪出身・在住の渡邉このみチャン、でもって永作博美ネーさんどす。

いきなりでビックラこきましたけども、真央ちゃんと博美ネーさんが舞台挨拶で、本作のイチバンのキモとなるべきネタバレから、入らはりました。まあ、シャーない。試写会にきはった人にはバレても、これから本作を見はる大多数の方には、ボクチンは決してバラしまへん。そやから、その部分を省きまして、2人のコトバを伝えよります。

井上真央ちゃん「作品自体が魅力的でしたし、いろんなことにチャレンジしたい時期でもあったので、特に迷いなく、オファーに応えました。今までは、感情を思いっきり出してゆくような役が多かったんですけど、何を考えているのか分からない、本作のヒロイン役は、すごく難しい役でした。でも、やり甲斐のある役です。こういう難しい役をやってると、次は明るい役をやりたいなー、なんて思ったりするけど、終わってしまうと、その役作りのつらさを忘れてしまうタイプなんで、悪役とか汚れ役にもチャレンジしたいですね」

永作博美ネーさん「誘拐犯として、誘拐したコドモと4年間逃げて過ごす役ですが、ある意味孤独な役柄で非常に難しい役でした。私の人生では体験することのない役でしたので、役を十二分に演じられるかどうか不安ではありましたが、役者としてはとても魅力的に思えました」

「(花束を持ってきてくれた渡邉このみチャンに)監督(成島出)から要求されることも多くて、大変だったよね。(と話しかけはると、その現場を思い出したのか、突然このみチャン、泣き出しましたで、おいおい。このみチャンのオカンが来はって、一件落着どす)」

「コドモは本能のままにやっているし、こっちもホンネで接しているので、お芝居というよりも、ドキュメンタリーみたいな迫力と緊張感が出ています。人間の感情がスクリーンに焼き付けられていると言いますか。どうしても内容を聞くと重たい印象ですが、作品としては、最終的には希望に向けて発信しているような感じなんです。(東日本大震災で)ココロは穏やかならない方もいておられるかもしれませんが、ただただ見ていただいて、感じられたものを大切にしていただきたいと願います」

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てなわけでおまして、ここからがボクチンの分析批評たらゆう、いつものいかがわしいもんをば、やらかしてもらいまっさ。

本作は現在と過去を、カットバックしてゆくとゆう作りになっとりまして、ザックリ言いますと、現在形は井上真央ちゃんサイド、過去完了形は永作博美ネーさんのサイドとゆう風になっとります。

過去は1985年から1989年あたりまで描かれるんで、間違いなく過去描写は、昭和映画の系列に入りよるかと思います。

特に、そのカンジが強いのんは、新興宗教のルーツみたいなエンジェルホームの描写あたりでおましょうか。村上春樹の小説「1Q84」でも新興宗教の教祖が、キー・ポイントを握ってはりましたんをふと、思い出しました。

永作ネーが誘拐しはったコドモと共に、逃げ込まはるとこなんどすが、その女教祖みたいな役の、余貴美子ネーさんの怪演技にグラリときよりましたがな。「男やとか女やとか金持ちとかなんて、関係ないねん。タマシーで話し合うんやがな」なんて関西弁で、もっともらしくシャベらはる、貴美子ネーにはビックラこきました。

永作ネーの逃亡劇となった過去バージョンは、夜泣きの赤ん坊をあやす3分近い長回し撮影やら、写真館でコドモと2人で写されるまでの1分強のワンカットなど、印象的なシーンがテンコ盛りでおます。

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最終的には、小豆島へ2人は逃げはります。小豆島の数々の美しい風景が目に優しいのが、ええカンジどす。緑優しい棚田の風景、高台から見る小豆島の町と海、セピアの夕景ほか。

木下恵介監督が撮った、松竹映画の傑作「二十四の瞳」(1954年製作)もまた、小豆島ロケをしはりましたけども、その時はモノクロでおまして、ツヤのいいカンジはありましたが、天然色による、あざやかな美風景描写は叶いませんどした。

ところで本作は、永作ネーが裁かれてはる、裁判シーンから始まります。つまり、永作ネーは結局、逮捕されはったとゆうのんを、まず最初に持ってきてはります。となると本作の本ネタは、永作ネーが逃げ切れるかどうかにはありまへんねん。また、どおゆう風にしてバレて捕まるのかも、あくまでサブ・ネタでおましょう。

イチバン上に書いた、2人がいきなりバラしたとゆう、ボクチンがゆうところの本ネタとゆうのんは、そういうところにはござりまへん。

永作ネーは今は既に刑期を終えて、ムショから出てきてはるとゆうことになっとります。一方で、現代を生きる真央ちゃんどすが、ルポライター役の小池栄子ネーさんと共に、自分の過去を探る旅に出はります。今を生きる真央ちゃんと永作ネーは、果たして再会できるのだろうか。

つまりコレが、本作を最後までハラハラドッキリコンで、見せてくれはるポイントなんでおますよ。

擬似母娘の話やけど、実の母娘の話やった「愛を乞うひと」(1998年)やらの作りと緊張感に、相似してるかと思います。そして、ラストシーンの真央ちゃんのアップ・シーンは、いつまでも忘れられないシーンとなりました。グググググーでおます。

2011年4月 2日 (土)

シリーズ第2弾「GANTZ PERFECT ANSWER」

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大ヒット作品の続編は、前作でファジーやったとこをば、ゼェ~ンブ解消しはりました

ところがどっこい、次なるナゾめきが、提示されておりまんねん

http://gantz-movie.com/

4月23日から全国ロードショーでおます。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

シリーズ化の可能性はあるし、新作のコミックも4月19日に出版される予定でおます。

前作の第1弾(昨年12月22日付けで分析)では、いくつかがナゾのまま、あるいは未消化のままに終わっておましたけども、続きを見れば、すっきりさわやかになれまんねん。

前作のそもそも最後に出てきよった、山田孝之のアニキって、一体何者やねんとか、前作の最後で死んだハズの松山ケンイチのアニキが、なんで事件現場におんねんとか、前作ではチョイ役やった伊藤歩ネーさんは、チョイ役のまま終わるんかいやとか。

二宮和也ことニノに地下鉄のプラットフォームで、コクった吉高由里子ちゃんの恋の行方は、一体どないなるねん。松ケンのアニキ亡きあとの弟はんは、一体どないしよるねん。

まあ、よう考えてみんでも第1弾は、それぞれの戦いは決着はみても、ほとんどの人々の状況が、途中経過の状態のままで止まっておした。ところが、どっこいでおます。コノ第2弾で、タイトル通り、パーフェクト・アンサーされよりま。

山田孝之アニは事件を追ってはる人で、伊藤歩ネーは、ガンツのOG卒業生でおます。前作を見た人はお分かりやろとは思いますが、今回初めて見はる人も含めまして、解説をばいたします。

死んだ人のなかから選ばれたんやろと思いますが、地球にいてる何とか星人、つまりば、地球在住エイリアンとの幾度にわたる対決に、挑まはる何人かがいてはります。

対決の貢献度が点数にされましてな、この加算ポイントが100点を越えれば、2つのうちの1つが叶えられるとゆう設定になっております。その①が、それまでの記憶を失くして自由になり生き返る。その②が、ガンツ対決で死んだ誰かを生き返らせる。この2者択一どす。

ほな、自由になってはるハズの伊藤歩ネーさんに、ちょっかいが掛けられるって一体どおゆうこと? つまりば、卒業生を再びガンツのあの部屋へと、何人かを呼び戻さはるんでおますよ。

しかも、ミッションにみんなで赴いたら、それまではガンツ組と星人組しかおらへんかったのに、一般大衆がドカーンと入ってはりまんがな。ああ、一体全体、こら、どおゆうことやねん。

本作の最初のアクション・シーンは、東京メトロ設定でおます。地下鉄内でのバーサスが、一般人を巻き込んだカタチで、ドヒャラヒャラ~な展開で映されよります。ニノやらもビックラコン。でもって、ニノと地下鉄に乗ってた由里子ちゃんが、アラマ・ポテチン、会うってなことになったりしよりま。

その後も追逃走劇や銃撃戦やらの、凄まじい対決シーンが描かれよりますが、ヒューマン・ドラマ的ポイントは約ツー・ポインツだす。

恋愛と友情。ニノとケンイチの友情部。特に、ラスト近くは強烈どす。でもって、恋愛部。由里子ちゃんが地下鉄を見送るラスト近くの、涙ぐむアップ・シーンは、本作の感動テンションが最も高うなるとこやと思いました。

いちおうの決着みたいなんはあるけど、ナゾもビミョーに残してはるんで、シリーズ化される可能性は、ヒジョーに高い第2弾どした。

2011年4月 1日 (金)

関西発のニッポン映画「阪急電車-片道15分の奇跡-」(4月10日まで試写会プレゼントしてはります)

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「グランド・ホテル」の電車バージョンが、出てきよりましたがな

束の間の電車に乗るとゆう時間を通じて、人と人のつながりを描いた映画、でもって群像劇は、実は今までにはありまへん!

中谷美紀ネーさん、戸田恵梨香ちゃん、宮本信子はん、芦田愛菜チャンら、オンナを中心とした、さまざまな年代層のヒロインたち映画の、快作にもなっとりま

http://hankyudensha-movie.com

●上記の本作の公式ホームページで、4月10日18時メール締切りにて、西日本エリア限定やけど、試写会プレゼントをやってはりますんで、よろしゅうに。

エイプリル4月の23日サタデーから、関西先行上映でおます。

でもって、4月29日の「昭和の日」から、全国各地イッセーのロードショーだす。

本作をば配給しやはるのんは、東宝はんどすえー。

文=映画分析研究所 所長 宮城正樹

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Ⓒ2011「阪急電車」製作委員会

ネイティブな関西人なんやけど、ボクチンは京阪電車沿線に住んでおります。ほかに、関西の私鉄てゆうたら南海電車もあるし、近鉄電車や阪神電車もござります。

本作は阪急電車でおますけども、いろんな線もあるし駅もいっぱいあるんやけど、西宮北口から宝塚までの今津線8駅15分の路線を通じて、人々のつながりを描かはりました。

いろんな方々のエピソードを描かはりますが、電車に乗ってる間のエピソードだけやなく、それぞれの人々のプライベート状況をば、カットバックやらで随時入れていかはります。でおますんで、ヒジョーに多彩な人生模様が、紡がれているようには見えよります。

でも、各人のエピソードは、いかにもフツーにありそうな、ありふれたもんが、ほとんどでおます。そんなんオモロナイやんなんてゆうのは、チョイ待っておくんなはれ。本作は小説の原作がありまして、ほぼ原作に忠実に描かれておます。

ワンクール・テレビドラマにもなった「フリーター、家を買う」の原作者でもあった、有川浩アニキのその原作は、いかにも大げさなくらいに作りこみをしてもええのに、あくまで今の日常性にこだわった、現代小説でありまして、どこにでもありそな感をつないで紡いで、果たしてホンマに、オモロイ小説ができよるんかに挑戦しはった作品やと思います。快作どす。売れてま。本作の映画化で、ミリオンセラーも確実でおましょう。

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その小説の作品性をば、コレは見事に映像化しはったかと思いよります。

でもって、見出しで書いたとこらあたりについて、書いてみま。いろんな人の群像劇として展開する「グランド・ホテル」(1932年製作・アメリカ映画)形式の作品は、これまでにいっぱい出てきよりました。

そんななかで、電車内をベースに描くとゆうのんも、それなりに出ておます。パニック映画系やったり、日本映画的には喜劇やったりがござりました。

ちなみに、渥美清はんが主演した「喜劇・列車」シリーズ(1968年~1972年・全11本)は、日本的プログラム・ピクチャー・シリーズのなかでも、ボクチンのダイスキなシリーズでおました。

そして、15分とゆう短い乗車時間で生まれる、人と人のキズナみたいなもんを描いたんは、ホンマのとこゆうて、ありまへん。長めに乗ってロードムービーせんことには、観客に説得力あるつながりも、生まれへんとゆうことなんでおましょうか。しかも、そのタイプでも群像劇やなく、2人や3人に焦点を当てたもんが大がいでおました。

で、群像劇の日本映画的に見てみよりますと、「大失恋。」(1994年)とか、「恋と花火と観覧車」(1997年)とかよりも、よりスムーズで自然なカタチで進行し、でもって、ベタやないけど日本的人情やら情緒が、ほんわかと入っておりまんねん。そのあたりが、のちのちに効いてきよります。

宮本信子はんがイロイロ、アドバイスやら説教をばしはりまっけど、それをキー・ポイントにして、本作の人と人のつながりがあるように思います。

ラスト近くの、中谷美紀ネーさんと戸田恵梨香ちゃんの、小林(おばやし)駅での再会シーンは、オーそうきたかとゆう、驚きと感動がござりました。

グランド・ホテル的群像劇映画の、新しどころを見た思いでおます。エエ、カンジや~。

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